4-5 確かな手ごたえ
商談の成否は準備の段階でほとんど決まるというのが、この会社で4年間働いて身についてきた感覚だ。そして、4年間働いてきて、初めて感じる手応えがあった。
やがて約束の時間が近づいて、円香との打ち合わせを終えると、いよいよ東京開発不動産の本社へと乗り込んだ。
飯田橋のオフィス街の一角にあるそのビルは、想像していた以上に大学との距離も近かった。道中に見える景色は懐かしくて、少しだけ不思議な気持ちになる。
同じ場所を歩いているはずなのに、あの頃とはまるで違う。
カフェを出てから5分ほど歩くと、ついに目的のビルに辿り着く。さすがは大手不動産の本社という、全面ガラス張りの小洒落た外観のビルだった。
「頑張ろう」
それだけ言って、2人でビルの中に入ると、1階のエントランスには受付があった。そこで簡単な手続きを済ませてから案内された会議室に向かう。
中で待っていたのは、短く清潔感のある髪型をした、30歳ほどの柔和な表情の男だった。
「初めまして。総務部の谷口です」
谷口と名乗った担当者の男と、形式的な挨拶を済ませてから、余計な世間話を挟むことなくすぐに商談に入る。
谷口は聡明そうな見た目の通り、システムへの理解も明るく、同時に、話の理解も早かった。今の自社のシステムの問題や課題感をしっかりと把握している。
課題のヒアリングから始まって、契約後に希望を持ってもらえるように話を広げていくのが、商談の基本的な流れだ。谷口の飲み込みが早いこともあって、商談はスムーズに進んでいく。
一通りの提案が終わり、相手の質問がなくなったところで、最後には今後の動きを確認して完了だ。
基本的に円香が話を進行して、智章は必要なタイミングで技術的視点のフォローを行う。これまでに参加してきたどの商談よりも、完璧な段取りで進んでいった。
商談が終わる頃には、谷口との間に間違いない空気感が漂っていた。
(この契約、間違いなく取れる)
「さすがだったよ。俺なんて、ほとんど必要なかったね」
1時間弱の商談を終えた後、飯田橋駅の前まで移動して足を止める。飯田橋にはJRと地下鉄と2つの駅があるが、ビルから近いのはJRの側だった。
「まさか。甲斐くんがいたから、私も安心してベラベラしゃべれただけだよ」
「そう言ってもらえると、少し安心するよ」
時刻はちょうど17時ごろ。今日はもう会社には戻らずに直帰の予定だった。
「上手くいくかな?」
智章は、答えの分かっている問いを投げてみた。
「もちろん気は抜いちゃダメだけど」
円香はそんな前置きの後に続ける。
「上手くいかないわけないよ」
契約が取れるかどうかは、だいたい相手の表情を見れば分かるようになってきた。今回のそれは、上手く行く時の反応だ。
初めて円香と組んで臨んだ商談は、手応えを感じるのと同時に、充実感も胸に広がっていた。
(これでいいんだ。俺も、ちゃんと前に進んでいかないと)
ずっと、仕事なんてただ退屈なだけだった。けれど今は、少しだけ前向きにな気持ちになれた気がした。
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