現実世界~5日目~ 「未完成の”牧場”」

5-1 異世界のルール

 牧場ではアインスと出会い、ゲゼルシャフトの研究の責任者である“主任”のクラウスとのドラマが展開される。

 そのドラマを展開するためのキャラクター設定はそれなりに固まっているが、肝心のストーリーはまだ曖昧だった。


「どうするんだよ……」


 智章は目覚めとともに思わず頭を抱えたくなった。

“最強の武器”。あれがあれば、簡単にあの世界をクリアできるはずだった。

 それなのに、今回で完全にそのアテが外れる形となってしまった。残機も3つまで減ってしまって、いよいよゲームオーバーへのカウントダウンだ。


(今回の転生は本当にいろいろなことがあり過ぎたな)


 設置したはずの”最強の武器”は存在せず、代わりに出会ったのはアノマリアと名乗る見知らぬ女性キャラ。彼女は、あの世界がゲームだと知っているかのようなメタ発言をしていた。

 そして、最後に出会った主任――クラウスの存在。


『アインス、彼は死んだ後も追いかけなさい。彼の命は、1つではないからね』


 彼は、ノインの特性もすべて熟知していた。


「ノインは大丈夫だよね……?」


 ベッドに腰掛けながら、ガラス人形を見つめてつぶやく。クラウスは、ノインに追い討ちをかけるようにアインスへ指示をしていた。次に転生された時、どういう状態から始まるだろう。頭の中はそんな心配で満ちていた。

 だが、何よりも気がかりなのは――。


『ねえ、あなたが作りたかったのは、こんなゲームなの?』


 自らを”アノマリア”と名乗った彼女。

 ゲームの存在を知っている彼女は、つまり現実と夢と2つの世界を超える存在だ。

 残り3つまで減ってしまったガラス人形の台座の星。アノマリアというキャラクターは、間違いなく現実世界に干渉できるだけの力を持っている。

 彼女の姿を思い浮かべて、ぶるりと身体が震えた。


「どうにか、しないと……」


 プロットの定まらない物語は、着地点が見えないままにフラフラとさまようものだ。プロットはまさに道標で、今やろうとしていることは、道なき道を突き進むことに他ならない。


「プロットを書けばいいのか……?」


 これまで何度も転生をして、およそのルールは見えてきている。

 智章は机の前の椅子に座ると、手近なメモ紙に推論を殴り書いた。


 ルール1. ゲームの世界でノインが死ぬたび7つの残機が減っていく。

 ルール2. ドライブ上にアップされたデータだけが、ゲームの世界には反映される。自分の頭にあった程度の設定は影響がない。

 ルール3. 細かなストーリーやセリフなどは、プロットとの整合性を保ちながら自動で補完される。

 ルール4. ゲームの世界での会話やイベントはすべてプロジェクトファイルに自動で記録される。

 ルール5. 俺や梨英のように、転生してきた人間だけはゲームの世界でなにかを生み出すことが可能。


「とりあえず、これくらいかな……?」


 1〜4については、ほぼ間違いないという確信がある。5については少し怪しいが、これがなければメイに転生した梨英が歌えた説明がつかない。

 ただし、初めてこれらのルールから外れたのが今朝のことだった。ゲーム内に配置したはずのアイテムはどこにもなくて、アノマリアという存在しないはずのキャラがいた。

 あの最強の武器を消したのは間違いなくアノマリアの仕業で、アノマリアこそがあの世界の特異点なのだ。


「アノマリア……」


 本棚から改めて過去の資料を見返してみる。すべての資料に目を通してみても、そこに“アノマリア”という名前は存在していなかった。

 ゲームをクリアするため、チート級の武器を用意するという手段は潰えた。


(アイテムを設置してもアノマリアにかき消される。だったら、プロットを固めてしまったら?)


 今回、牧場でノインがやられたことも、プロットが固まっていなかったことが原因だ。たとえば、あの場面で都合よくノインが覚醒するようなストーリーが決まっていれば、あの世界でも同じことが起こったはずだ。


 ずっと気づいてはいた。けれど、これまではもともとストーリーが固まっていたこともあって、気にしないように過ごしてきた。現実の世界でストーリーを固めてしまえば、あの世界の出来事はすべて意のままに操れるということ。

 家を出るまで、あと1時間ほどはある。それだけの時間があれば、適当なプロットを書いてアップするくらいはできるはずだった。

 けれど――。


(イヤだ)


 直感的に頭に浮かんだのはそんな感情だった。これまでみんなで必死に考えてきたストーリーを、そんな半端な形で投げ出したくない。

 当然、そんなことを言っていられないことも分かっている。だがそれでも、譲りたくない想いもある。

 と、そんなことを考えている時、スマートフォンの震える音がした。だが、枕元の私用のものではない。震えているのは、会社から貸与されている社用携帯の方だった。


(なんだろう? こんな時間に)


 見ると、差出人は円香からだった。スマホを開いて、チャットの本文を見る。

 そこに書かれていた内容は、万全だと思っていた東京開発不動産の案件で、トラブルが起きたことを伝えるものだった。

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