2-1 繰り返す転生

「マジか……」


 目覚めとともに、そんな言葉が智章の口から漏れた。

 昨日よりもずっとハッキリと、脳が夢の内容を覚えている。智章は今朝も、あのゲームの世界を旅していた。


 まさか2日連続で同じ夢を見るなんて。それも、ちょうど昨日の続きから。

 智章はベッドから上体を起こすと、思わず自身の右手をじっと見つめた。あの世界の出来事を覚えているのは、脳だけではない。手に残る武器を握る感触も、足に残る地面を蹴る感覚も、全部ハッキリと身体が覚えていた。


「まさか俺、本当に転生してる……?」


 もはやただの夢では済まされない。眠っている間だけあのゲームの世界に転生していると言われた方が逆に納得ができる。転生という表現が正しいのかは分からないが、あれがただの夢でないことだけは確かだった。


(そうだとしたって、どこに転生してるんだよ……)


 異世界転生モノは趣味ではないけど、俺だって普通の男だ。どうせ転生するなら、もっと可愛いヒロインがたくさんいて、チート能力で無双できるような世界が良かった。

 大学時代、そういう世界観を嫌って硬派なRPGを作った智章は、そんなことは棚に上げで、この状況に悪態をついた。

 もちろん、フィーアだって可愛いヒロインだし、この後も女性キャラが出てくるストーリーではあるけれど。


「けど、あれは誰だったんだろう」


 最後、眠りから目覚める直前に出会ったあの女性。あんなキャラは作った記憶がない。

 なんとなく、あの不思議な空間での出来事は、他のマップでの出来事より、ずっと現実に近い感覚を覚えていた。


 少しだけ不気味だ。

 彼女は、他の登場人物とは何かが根本的に違っている気がしていた。


「ふわああぁ」


 大きく声を出しながらあくびをする。昨日は飲み会で寝るのも遅かったというのに、眠っている間はゲーム世界を冒険していたせいで、まるで疲れが取れていない。


「これ、いつまで続くんだろうな」


 1週間先も1ヶ月先も夢の中で転生をしているかもしれないし、あるいは今朝の転生を最後に、もうあの世界に行くことはないのかもしれない。

 転生をしている間も身体は休めているが、眠った感覚がまるでない。それを考えると、毎日のように転生していられるほど、サラリーマンは暇ではない。身体はもちろんのこと、脳だって大事な資本のひとつだ。


 時刻は6時55分。だんだんと朝の支度をしなければいけない頃合いだ。

 智章はベッドから降りて、ふと本棚の上にある赤髪の少年のガラス人形を見た。気まぐれでそれを手に取って、そこでふと気づいた。


「ん?」


 ノインに似ているその人形の台座には、7つの星がはめ込まれている。昨日久しぶりに確認をすると、いつの間に欠けていたのか、星が6つだけになっていたはずだった。それが改めて見ると、さらに1つ欠けて、今は5つだけになってしまっていた。


「また一個減ってる……?」


 昨日の今日で、いったいいつ無くなるタイミングがあったんだろう。台座についた星はしっかりと固定されていて、簡単に外れることはないはずだった。


(待てよ……?)


 その瞬間、不意に1つの考えが頭の中に浮かんだ。

 欠けたのは2つ。これまで転生先でノインが死んだ回数が2回だ。


「まさか……」


 智章は慌ててゲームの資料をまとめたファイルを取り出す。

 その中から、設定やコンセプトを記した企画書を見つけて確認する。探していた文章は、すぐに見つかった。


『◆ゲーム性を高めるために:ノインはミスティルの影響で命が7つ。7回死んだらデータをリセットさせることで、よりスリルのあるゲームにする』


 ――


 その一文が特に目について離れない。


「リセット……」


 胸のあたりがざらざらとする。あの世界で、地面を歩く感覚、武器を握る感触、それからダメージを受けた時の痛み――。

 あのゲームの世界と現実は、間違いなくつながっている。つまり、ゲーム内の世界がリセットになれば、現実の世界でも同じことが起きるはずだ。

 途端、心臓が大きく跳ねた。同時に、嫌な汗が全身から吹き出していく。

 ガラス人形の台座にはめ込まれた、元は7つだった星を見る。


 残機は、あと5つだ。


「リセットって、死ぬってことか……?」


 あのゲーム世界でノインがあと5回死ねば、この現実の世界で俺は死ぬ。

 確証はないが、直感というよりも確信に近い。

 呼吸が浅くなって、ドク、ドク、と心臓が早鐘を打つ。


(考えろ。どうすれば俺もノインも死なずに済む?)


 智章は寝起きの頭に鞭を打って、瞬時に脳みそをフル回転させる。

 睡眠がトリガーになっているのなら、そもそも寝なければ転生してしまうこともない。だが、それはあまりにも現実的ではない。


 他に考えられるのは、転生先でラスボスを倒してゲームをクリアすること。間違いなく、それが王道だ。

 ただ1つ気掛かりなのは……。


「やばい……」


(あのゲーム、バグってレベル上がらないじゃん!!)


 レベルが上がらないバグもあれば、そもそもストーリーやマップだって未完成だ。ここから先、安全にストーリーを進めるためにも、現実のゲームが未完成では不安要素が多すぎる。

 智章は、枕元に置いたスマートフォンに慌てて飛びついた。

 蒼汰ひとりを除いて、メンバーとは卒業以来まるで連絡を取っていない。少しの緊張や気まずさを感じながらも、自分の命には変えられない。

 智章は5年前から止まったままのLINEグループに、久しぶりの投稿を投げた。


 かつて途中で投げ出すことになってしまったあのゲームを、今度こそみんなで完成させるために。

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