現実世界~2日目~ 「再始動」

2-0 回想:始まりの顔合わせ

 大学3年生に無事に進級して最初の週、この日はゼミの顔合わせがあった。

 智章の通う社会学部では、ゼミが3年生から始まる。大学生活も3年目に突入して、人間関係も新しい広がりがなくなっていた頃、久しぶりの新しい出会いに緊張していた。

 小規模なゼミを選んだこともあり、同期は自分も含めて5人だけ。男子が3人と、女子が2人の、ちょうどいい割合だ。

 これから長い時間を共にする同期と仲良くなろうと思って、緊張はありつつも、ワクワクする気持ちで最初のゼミに参加をしていた。

 が、初対面の瞬間、そのワクワクは不安に変わった。


(これ、仲良くなれるのか……?)


 5人全員で顔合わせをして、最初の感想が「バラバラすぎる……」だった。

 その日、全員の授業が終わった夜、同期のひとりである紺野蒼汰の提案で飲み会が開かれたが、それはぎこちない空気から始まった。


 一通り自己紹介が終わって判明した、それぞれのプロフィールがこうだ。


 1人目:紺野蒼汰。仙台出身、サークルはドイツゲーム同好会。今回の飲み会の発起人で、コミュ力のある爽やかなイケメンだ。

 2人目:山口詩月。東京出身、サークルは未所属。緩くパーマのかかったダークブラウンの髪の毛の、大人しそうな印象の綺麗な人だ。話している途中、何度か乾いた咳をする場面があって、それがまた儚さのようなものを演出していた。

 3人目:高橋彩人。長野出身、サークルは漫画研究会。漫研所属と聞いて少し同族意識を持ったが、もぞもぞとした喋り方をする、社交的ではないタイプのオタクな印象だ。

 4人目:弦巻梨英。群馬出身、“ノイ・ムジーク”という名前のバンドサークル所属。バンドサークルの所属と聞いて納得する、いかにもパンクな風貌だ。髪はベースが明るい茶色で、こめかみの辺りに真っ赤な部分カラーが入っている。さらに、手元にはセブンスターの箱が置かれていて、見た目通りに喫煙者のようだ。

 そして最後に智章は、「埼玉出身、サークルは文芸同好会ってところに入ってるんだけど、ほぼ幽霊みたいな感じです」と名乗った。


(やばい、これはなかなか気まずい……!)


 基本的に会話を主導するのは蒼汰ひとりで、智章と同じで詩月も話題を振られればそれに合わせるようなタイプだ。そして、彩人と梨英はずっと不機嫌そうに斜に構えた態度を取っていて、明らかに蒼汰も手を焼いているのが見て取れた。

 盛り上がらない飲み会でできることといえばただ一つ。


(俺は、お酒に頼る!!)


 それほどお酒が好きというわけではないが、口が回るようにするため、アルコールの力に頼ることにした。最初に蒼汰が注文した適当な揚げ物をツマミにして、勢いでアルコールを流し込む。

 そんな風にして30分ほど過ごした頃、ほどよく頭もふわふわとし始めて、ようやく準備は整った。


「彩人は漫研入ってるって言ってたけど、やっぱり漫画を描いたりしてるの?」


 それは自己紹介を聞いた時から、ずっと訊きたいことだった。

 ひとりスマホをいじっていた彩人が少し驚いた様子で顔を上げる。彩人のスマホの壁紙には、流行りのアニメの主人公とヒロインのイラストが映っていた。


「いや、描いてるといえば描いてるけど……。会誌にたまに載せるくらいで、基本はイラスト専門」

「漫研って別に漫画じゃなくてもいいんだ」

「そうだな。あんまストーリーを考えるのって得意じゃないから、普段は一枚絵を描いてネットに上げたりしてる感じ」


 智章のこの質問には、少しの下心が含まれていた。いつか自分の小説の絵を描いてもらうことが、昔からの密かな夢だった。漫研の人間と仲良くなれたら、いずれは挿絵を描いてもらえることもあるかもしれない。


「そういう甲斐は文芸同好会だっけ? なんか小説書いたりしてんの?」

「一応、趣味程度には……。サークルの方は内輪過ぎて、ほとんど行ってないんだけどね」

「甲斐くん、小説書いてるんだ」


 そう言って会話に混ざってきたのは詩月だった。詩月のその反応には、単純な驚きだけではない含みがあった。たとえば、同族を見つけた時のような、わずかにそわそわとする気持ち。

 山口さんも、ひょっとしたら。


「山口さんは、小説とか読むの?」

「うん、昔は結構たくさん読んだかな」


 詩月の髪はダークブラウンに染められているが、黒に戻せば間違いなく、いかにも文学少女然とした見た目になるはずだ。詩月の言葉選びや所作から、智章は本好きの匂いを感じていた。


「自分で書いたりはしないの?」


 小さな頃から本に触れてきた人間は、自分でも書いてみようと思った経験のある人間も多いはずだ。

 詩月は、少し答えに悩んだ様子を見せてから、小さな声で言った。


「昔、ほんの少しね」


 と、智章と詩月と彩人の3人が会話する横で、蒼汰と梨英が話をしている。


「そういえば、この前“ノイ・ムジーク”のライブ、観に行ったよ」


 意図して聞こうとしたわけではない。手元のセブンスターをいじる梨英へ、蒼汰がそんな話題を投げかけるのが聞こえてきた。


「え、うそ。なんで?」

「村井っているだろ? 英語のクラスで仲良くなってさ、そいつに誘われて行った感じ」

「ふーん。ライブ、どうだった?」

「すっげえ良かった。最後の曲、オリジナルって言ってたよな? あれが1番好きだったな」


 智章は自分の会話もほどほどに、その会話に耳を傾けていた。もちろん会話に混ざるつもりはなかったが、次の言葉には思わず反応をしてしまった。


「あれ、実はあたしが作曲したんだ」

「え、うそ。すげえじゃん!」


 そうリアクションをしたのは蒼汰だ。同じテーブルとはいえ、別の会話をしていた智章は表立って反応はできなかったが、内心でとても驚いていた。

 曲を作ることができるという事実を知っただけで、単純だが、梨英に対して強い興味を持つようになった。


(待てよ?)


 話を書ける人間が2人いて、絵を描ける人間も、曲を作れる人間もいる。ゼミの同期として集まった5人のうち、4人がものを創ることに精通していた。

 シナリオ、イラスト、音楽……。

 これらから想起されるのはひとつだけだ。


「これはもう、ゲームを作るしかないじゃん!」


 思わず声に出してしまっていた。

 だって、それくらい奇跡的なことだから。そういうサークルに入ったのならともかく、創作とはまったく無関係のゼミに入っただけのことだ。それなのに、これだけ何かを創れる人間が集まっているなんて、これが奇跡じゃなければなんなんだ。


「え、ゲーム……?」


 蒼汰がきょとんと首を傾げる。他の3人も同じような反応だった。

 それでも、こんな奇跡的な偶然をまさか見逃すわけにはいかない。


「うん、ゲーム。俺と山口さんでストーリーを考えて、高橋くんが絵を描いて、弦巻さんがBGMを作る。もう完璧の布陣だよ!」

「それ、あたしも巻き込まれてるわけ?」

「え、だめ?」


 梨英は目を丸くして、まだ困惑している様子だ。


「ダメってわけじゃないけどさ。悪いけど、どうせ自然消滅する企画に手を貸す気はないから」

「俺は、描きたい絵が描けるならまあいいけど……」


 そう反応したのは彩人だ。

 ドン、ドン、と心臓が跳ねる。なにかが大きく動き出す前の期待と不安が混じり合うような、そんなおかしな感覚がしていた。


「紺野くんは? もし本当にやるなら、みんなで作りたいな」


 そう言ったのは詩月だ。たった5人の同期の中で蒼汰ひとりを仲間外れにできるわけもないが、話を焦るばかりつい置いてけぼりにしてしまった。

 智章はそんな自分を反省すると同時に、周りをよく見ている詩月に感謝をした。


「別に気を使わなくていいけどさ。やるならテスターかなぁ。ゲームは好きだから、いろいろアドバイスはできると思うし」

「本当に!?」

「まあな。あとは、多少ならシステム系のことも力にはなれるかな」


 言われて、肝心なことが抜けていたことに気づいた。

 素材だけ集まったって、システムが分かる人間がいない限り、ゲームというひとつの形にはならない。

 それに、ゲームが好きで分かっている人材も貴重だ。面白いくらいにパズルのピースが埋まっていく。


「そうだよ、そっちの方が大事だよ!」

「え、なんかこれ本気でやる流れになってる?」


 少し驚いて梨英が言った。


「もちろん。だって、こんなメンバーが集まってるのに、何もしないなんてもったいないよ!」

「智章、なんかキャラ変わってない?」


 蒼汰があっけに取られていることも、智章は無視をして続けた。


「完璧だ……」


 シナリオ、イラスト、音楽、そしてシステム。ゲームを作るために必要なメンバーが、同じゼミの同期に集結しているなんて。


「創ろう! この5人で、ひとつのゲームを!!」


 大学入学してからの2年間、初めての経験も多くてすごく楽しかった。だけど、そんな生活も3年目に突入して、今まで一番の高鳴りだ!

 絶対に楽しくなる。

 それはもう、予感というよりは確信だった。


(ひとりで小説を書くだけじゃ手に入らない経験が、これからたくさん待っているんだ)


 ずっとせこせこ1人で小説を書いているだけだった。それもそれで楽しいけれど、誰かと協力して一つのことを達成することへの憧れはあった。

 もし5人でゲームを作ることができたなら、きっと何物にも変え難い貴重な喜びを得られるはずだ。

 それを思った瞬間、身体の奥深くから震えが湧き上がるのを感じていた。


(じっとなんて、できるはずない)


 飲み会が終わり自宅へ帰ると、智章はすぐにゲームの企画書を書き始めた。もともとゲームを作る予定なんてなかっただけに、コンセプトもジャンルも、世界観も、用意してあるネタはなにもない。

 けれど、一から企画を考える作業は楽しかった。今考えているこの企画を、自分たち5人で形にすることができる。

 その衝動だけが、ただ智章を突き動かした。


(これだ。この感覚が欲しかったんだ)


 それから1週間、智章は寝る間も惜しんで企画書と向き合った。そして、再び全員で集まる次のゼミまでに完成をさせると、そこで無事4人からの賛同を得ることができた。

 飲み会の勢いから始まった企画が、本当に動き出した。

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