1-3 退屈な仕事→突然の抜擢
◇
「だーかーらー、やっぱりBGMの音量はドカーン!と上げて、ガンガン主張していくべきなんだって!」
ドンっ、とレモンサワーの入ったグラスをテーブルに置いて、
ちなみに、これを聞くのはこの飲み会でもう3度目だ。
大学の最寄り駅にある安いだけが取り柄の居酒屋で、ゲーム制作チームもといゼミの同期5人で集まっていた。テーブルは狭い上に周りの客もうるさいが、そんなのも気にならないくらいに議論は白熱していた。
「はいはい、分かった分かった。今度デモ環境で実際に流してみるから」
荒ぶる梨英のことを
飲み会でゲーム作りの話になると、いつもこんな展開になる。飲み始めてからはまだ1時間ほどだが、梨英はすっかりお酒が回っている様子だ。
「てか、
「また
彩人はちびちびとカクテルでくちびるを湿らせながら、いつも通りの冷めた顔と声で言った。平常運転といえばそれまでだが、その平常運転のせいで梨英と彩人はケンカを始める。
「あたしの音楽は背景なんかじゃないんだよ! 彩人こそ、逆にキャラの主張足りないんじゃない?」
「お前、そういうマジで気にしてることを言うのは反則だろ……!!」
「いつもカップリングがどうとか、そんなことばっか言ってるからありきたりになるんだよ」
「それは関係ないだろ!」
いよいよ彩人と梨英が言い合いを始めるのを見て、蒼汰はやれやれと頭を掻いた。もうお手上げだと言うように、残り少なくなったジョッキの中のビールを一気にあおる。
「なあリーダー、こんなまとまりのないチームで大丈夫なのかよ」
「え、リーダーって俺?」
突然振られて、智章は思わず素っ頓狂な声を出した。
いや、リーダーになった記憶はないんだけど……。
「そりゃお前しかいないだろ! 誰がこれの言い出しっぺなんだよ」
「ええ〜。俺、リーダーっていうタイプじゃないし……」
そんな4人の様子を見て、
蒼汰からは時々、正解を求められるようなプレッシャーを感じることがある。このゲーム制作チームで詩月だけが癒やしだった。
「ゲームの中身を話してる時は、あんなにリーダーシップ発揮してるのになぁ」
蒼汰はそう言ってぼやくが、このクセの強い4人を相手に、普段からリーダーシップなんて取りたくもない。いくら企画の言い出しっぺだからって、それとこれとは話が別だ。
「でもなんだか面白い。私たち同じゼミにいるのに、不思議なくらいにバラバラじゃない?」
ずっと静かに話を聞いていた詩月が、くすくすと笑いながらそんなことを言った。その穏やかな笑顔に釣られて、蒼汰の表情も弛緩する。
智章はいつも、そんな詩月の笑顔に助けられていた。
「確かに、不思議だよな。同じ興味を持った人間が集まるんだから、もう少し統一感のあるメンバーがそろってもよさそうだけど」
蒼汰が言う。
智章はそんな蒼汰の言葉に納得しながらも、やっぱりバラバラで良かったと思った。
「バラバラだけど、バランスはいいよね。話を書く人が5人とか、絵を描く人が5人とか、音楽やシステムが分かる人が5人とか、そうじゃなくて。俺たち5人が揃ったから、こうしてみんなで1つの作品を創れてる」
(やばい、ちょっと恥ずかしいことを言い過ぎたかも)
そんなセリフをお酒のせいにしようと思って、智章はジョッキの中のビールを飲んでみた。ビールはすでに温くなっていて、あまり美味しいとは言えなかった。
「ていうか、今日って箱根の計画立てるから集まったんじゃなかったっけ」
ふと蒼汰が漏らしたつぶやきに、「あっ」と思った。
同じテーブルでは、梨英と彩人がヒートアップを続けている。こうなったら、あと1時間は終わらない。確実に、のんびり旅行に行く計画を立てるような空気ではなかった。
「まあ、居酒屋で飲みながらっていうのが無理あったんだよ。うん」
どうせゼミ終わりの時間なら、いつでも会えるんだ。それか、授業の空きコマが合えば、そこで集まることだってできる。これからいくらでも、この5人で一緒に過ごす時間はあるはずだ。
大学生活は、まだ折り返しが始まったばかりだ。
◇
プシュー、と空気の抜ける音と同時に、ドアが開く気配があった。
『板橋。板橋』
車掌のアナウンスが告げたのは、家の最寄り駅の名前。どうやら、飲み会の帰りの電車で座って、そのまま眠ってしまっていたらしい。
智章は慌てて立ち上がると、ちらと座席に忘れ物がないかを確認してから電車を降りた。
(危ない。寝過ごすところだったな)
駅のホームに降りると、冷たい風が吹きつけた。まだ4月に入ったばかりの時期、日中は暑いと感じる時間があっても、夜になれば少し冷える。ただ、今日に限っては、お酒で熱くなった身体を冷やすにはちょうどよかった。
智章の家は、JRの板橋駅を出てから5分ほど歩いた先にある。大学の進学と同時に実家を出てから、今日までずっと同じアパートで1人暮らしを続けている。だから、駅から家までの道のりは、もう目を瞑っても歩けるくらいに歩き慣れた。
(たいして景色は変わってないんだけどな)
まだ5人でゲームを作っていたあの頃は、もっと別の気持ちでこの道を歩いていたはずだった。持ち帰ったシナリオの検討事項を考えたり、梨英が上げてくれたデモ音源をイヤホンで聴きながら歩いたり、悩むことも多かったが、道中さえ充実していたはずだった。
ふと、道の途中にある小さな公園に視線が留まった。正確には、そこの公園に植えられている、桜の木たちへ。
春が来るたびに足を止めて眺めていたはずなのに、今年はそれをじっくり認識する暇もなく、今はすでに葉桜になってしまっていた。
なんだか俺に似てるな、と思った。
自分が桜ほど綺麗だとは思わないけど、確かにあの頃は綺麗な花を咲かせていたはずだったんだ。
「やっぱ、楽しかったな」
それから少し歩くと、住み慣れた家が見えてくる。立地や部屋の広さは悪くないが結構な築年数が経ったような、どこにでもある小さなアパートだ。
身体に染み付いた習慣でポストを確認すると、ふと珍しい立派な封筒が目に入った。なんだろうと思いながら家に上がって、さっそく封を開ける。それほど親しいというわけではない、大学時代の友人からの結婚式の招待状だった。
「そういえば、前に住所教えてたっけ……」
『結婚式に招待したいから住所を教えてください!』なんて、そんなLINEを受け取ってしまったら、どうやって断ればいいんだろう。
最近では、大学時代の友人に関する話題といえば、こんな眩しい報告ばかりになった。
くだらないやり取りをしていた友人たちとの繋がりは希薄になって、時々SNSを通じて状況を確認する程度だ。そのSNSも、入ってくる情報といえば、Instagramのキラキラした写真ばかりだけれど。
智章は玄関のドアを開けて中に入ると、テーブルの上に招待状を置いた。散らかった1Kの部屋の中で、おしゃれな招待状の封筒はいやに浮いて見えた。
それから、ふと本棚の上に飾られたガラス細工の人形の方に目を移す。
「みんな、今どうしてるんだろうな……」
ノインに似たこの赤髪の少年を見つけた時、5人全員で興奮したのをよく覚えている。それくらい、みんな本気で取り組んでいたはずだったのに。
ふと気が向いて、本棚の一番下から1つのクリアファイルを取り出した。
(良かった、まだ全部残ってる)
クリアファイルの中には、A4サイズの紙の資料がいくつもしまわれている。
企画概要、プロット、キャラクターデザイン、コンセプトデザイン、街並みの参考画像。どれも、ゲームを作るために用意した設定資料だ。
詳しい資料は全員で共有したドライブにデータが上がっているが、話し合いをする時には、紙の資料が意外にも役に立った。
仕事で資料を作ることも増えた今、学生が作る資料には稚拙さが目立つが、眺めているだけであの頃の感覚が蘇る。町の名前に引かれた蛍光ペンに、余白に書かれたボールペンのメモ。
どういう状況だったのか、いくつか他のメンバーの手書きのメモも残っていて懐かしい気持ちになる。
『ノインの髪の色は燃えるように』
これは彩人のメモだ。
『フィーアちゃんめっちゃ可愛い』
『オタクかよ。でも分かる』
これは蒼汰と梨英の文字。
『みんなでつくる』
最後のこれは詩月のメモだ。実際の声が頭に浮かんでくるくらい、詩月らしいメモだ。
機械ではない手書きの文字には、あの頃の思い出がそのまま閉じ込められているような気がする。
ああ、と思った。
ふと時計を見ると、時刻はもう24時になろうとしている。今日はまだ木曜日。いくらあと1日とはいえ、明日のことを考えると、早く寝支度をしないといけない頃だ。
「また、みんなで集まって創れないかな……」
なんて。今さらになってそんなことが叶うはずがないのは分かっている。それでも、思わずそんなことを考えてしまうくらい、あれは楽しくて眩しい日々だった。
(明日という1日も、どうか何事もなく終わりますように)
社会人になってから、願うのはそんなことつまらないことばかり。
過去の思い出に浸る暇さえもなく、明日の仕事の準備と寝支度を済ませてから、智章は眠りに落ちる。
夢の中で智章を待っていたのは、ゲームのロード画面だった。
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小説の続き(ゲーム世界の物語)は、こちらをプレイしてご確認ください。
2日目の物語は、再びゲーム世界から目を覚ました後にご覧ただくことを推奨します。
https://amano-holiday.com/novelproject/index.html
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