第4話 広場にて

「おじいさん一人なら、すぐにでも押し掛けて殺っちゃえば良いと思うけどなぁ」


 久しぶりに訪れたカプラン本部のビルの前の広場で、トレンタは退屈そうに、テイクアウトしたコーヒーに溶けるミルクの白い筋を見ながらそう呟いた。


「下調べのプロセスは怠っちゃ駄目だ。きっと足元を掬われる」


 アルバは怒っているのか嗜めているのかわからない、表情の無い声でそう返した。


「俺たちがどういう仕事をするのか、カプランは見ている。試されているんだ」


 淡々とそう付け足したアルバだったが、柄にもなく不安を覚えている自分の心を悟られまいと、トレンタとは目を合わせないようにしていた。


 広場の木陰に置かれたベンチに並んで座る二人は、端から見れば十代の若者、友人か学校の同級生にしか見えない。悪党の本拠地とは思えないほど洗練されたカプラン本部ビルと、その目の前に設けられた賑やかで清潔感に溢れた広場が、より一層二人を風景に溶け込ませた。


「試されてる、か。そういう風には考えたくないなぁ」


 コーヒーに一度口をつけてから、トレンタはどこか不満そうに口を尖らせた。


「自分達が必要とされてるって考える方が、良くない?やる気も出るし」


 思いの外苦かったコーヒーに顔をしかめつつ、トレンタはベンチに背中を預けてそう言った。


「やるのは人殺しだ」

 

 アルバの冷たい声が、トレンタの何かを期待するような眼差しを切り捨てた。


「なんだって良いじゃないか。自分に出来ることで他人にあてにされてるなら」


 わかって欲しいな。そんな気持ちがトレンタの言葉の外に滲み出ていた。そういう考え方をする奴なのかと、アルバは思った。


 考え方の良し悪しというより、どういう心情や思考に基づいてこの男が行動するのか、それを知っておいて損はない。これから一緒にミッションを遂行するなら、尚更だ。


 それに、殺し屋が人を殺すことに軽蔑や躊躇を覚える方がどうかしているのかもしれない。殺し屋としてマトモじゃないのは俺の方かと、アルバはひっそりとそう思った。


「何考えてるの?」


 トレンタがアルバの顔を覗き込み、そう尋ねた。


「何か考えてるように見えたのか?」


 アルバはその質問に質問で返した。探りを入れるような問い掛けには、反射的にそんな反応を示してしまう。これから仕事の相棒として共闘する相手であっても、それは変わらない。


「なんか、君って出会ってからずっと、深ーく考え込むような顔してるから、何考えてるのか聞いてみたくなって」


 トレンタはとぼけた顔でそんなことを言った。掴み所の無い答えだ。


「まずはそのじいさんの店を探る。店の周りをうろついても怪しまれない格好をして、店の雰囲気、出入りする人間、セキュリティの有無や強弱を調べる」


 アルバはトレンタの問い掛けに答える代わりに、これから自分達がすべき事を列挙した。


「うん、その辺は任せる。君の方がうまそうだし」


 トレンタは肩をすくめてそう言葉を返してきた。アルバはどこか力の抜けたトレンタの言葉に苦い視線を向けながら、立ち上がった。


「急げとは言われてないが、もたもたしていても良くない。郊外とは言っても、電車なら三十分程度だ。今から下見に行く」


「え、今から?」


「任せるんだろ?今から、すぐにだ」


 アルバは面倒臭そうな表情を隠しもしないトレンタを置いて、広場を後にし、駅の方へ向かって歩を進めた。


「ハイハイ」


 トレンタの方は観念したようにベンチから立ち上がると、カップのなかのコーヒーを空にしてアルバの後を追った。

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