第44話 昔の話 今の話
「そういうことか…。まぁそういうことなら、あの素人じみた仕事も納得がいったよ」
ズィオは目を閉じたまま、ふんふんと頷いた。
舞台は再び、今のCasa Mia。ロンディーネの語ったトレンタの話に、ズィオは懐かしそうに目を細めつつ、エスプレッソの最後の一雫を口に流し込んだ。
「カプランのことで思い出すのは、大概クソみてぇなもんばっかりだったが、懐かしく思う話もあるんだなぁ」
ロンディーネは突き出た腹の上で両手を組むかつての盟友を見ながら、この男はこんなに小さかったろうかと目を細くした。
小男だったのは間違いないけれど、昔は身に纏った凄みが幾重にもこの男を取り巻いていたせいか、もっと大きく、分厚く見えていたような気がする。
ところが今目の前に見えるのは、人の群れの中に紛れてしまえばまず見つからないような、小さく弱々しい老爺の姿だ。
(当然といえば当然か。私だって、周りから見れば立派におばさんに見えるんでしょうね。おばあさんかも知れないし)
爪を研ぐ必要も、牙を突き立てる相手も無くなれば、殺し屋だってただの人間だ。相応に年を取って、小さく丸くなっていく。そんなことを考えていると、ズィオが不意にロンディーネへ視線を向けた。
「そう言うことだわな」
まるでロンディーネの頭の中を見透すような言葉を投げかけ、ズィオはいたずらっぽく笑った。
こういう妙な鋭さと、人を喰った性格だけは変わらないようだ。ズィオもいやな年寄になったものだと思いながら、ロンディーネはふと、何かに思い至ったような遠い目をして、そして彼に問いかけた。
「ねぇ、私たちはもう年齢も年齢だし、あとは死を迎える準備をしながら少しずつ歩いていくだけだけど、あの子達はどうするのかしら。まだ人生に先が有りすぎるわ」
ロンディーネの問いに、ズィオは少し悩ましげな顔をしながら天を仰ぎ、そして困った目を向けて答えた。
「なんとかするんじゃねぇかな。役立たずの年寄が掛けてやれる言葉は無いね」
そんな無責任なと言いかけて、ロンディーネはやめた。アルバをこの世界に引き込んだのは、そもそもあんたでしょと思わなくも無かったが、自分自身がまだ年端も行かない頃からカプランの一員として生きることしか出来なかったズィオに、それ以外の生き方なんてわからないのかもしれない。まして、他人にそれを伝えるなんて。
そしてそれはロンディーネも同じだ。あまりにも長い残りの人生を、寄りかかる大樹を失ったまま生きざるを得ないトレンタに、ロンディーネは掛けてやる言葉を持たなかった。
それでも、話くらいは聞いてやれるかもと思ったりもしたが、こちらから連絡をいれるのは何かと不都合があるかもしれないと、ロンディーネはどうしても踏み切れなかった。トレンタからの連絡も絶えて久しい。
何よりロンディーネは、今のトレンタの連絡先を知らない。
「ねぇ、アルバとは今でも連絡は取り合うの?」
ふと気になって、ロンディーネはズィオに尋ねた。
「ん?とっとるよ。たまに相談に乗ってやったりしとるし」
しれっとした顔でそう言ってのけたズィオに、ロンディーネは思わず顔をしかめた。自分の葛藤がなんだかアホらしいことに思えて、理不尽だと思いながらもズィオを思い切り睨み付けてやった。
「おぅおぅ、そんな顔しなさんな。別にそっちも連絡くらいしてやりゃ良いじゃないか」
参ったね、とでも言いたそうに肩をすくめながら、ズィオはそう言った。
「そうね、そうさせてもらうわ。その代わり」
ロンディーネはズィオの手元にある空のカップを引き揚げると、それと入れ替わるように言葉を投げた。
「アルバからトレンタに、私が連絡取りたがってることを伝えるように言って。もうしばらくトレンタとは話をしてないし、いきなりこっちから連絡しても、向こうだって気まずいでしょ。そもそも、今の連絡先知らないし」
本当はロンディーネの方も気まずい気持ちを抱えているのだが、それはもうこの際どうでも良い。
「なんだそりゃ…、まぁ構わんけども。アルバがトレンタの連絡先を知らねぇ時はどうする?」
「それならそれで構わないわ。こっちで何とかするから」
困った顔でイスにもたれかかるズィオを置いて、ロンディーネは後片付けの続きを始めた。
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