第43話 逆らえない命令
「うちには飼ってる動物なんていないけど」
素っ気ない返事を返したロンディーネに、女はついさっきまで片時も目を離さずにいた携帯電話をテーブルに置き、気に食わなさそうな表情で言葉を返した。
「またそう言う意地の悪い言い方する。最近あんたのとこで働きはじめた、あの若い男の子、いつになったらカプランに入れるのって意味です!」
ロンディーネのあからさまな誤魔化しに応酬する様に、女は慇懃無礼な口調でそう言い返した。
「あの子はうちの従業員であって、カプランとは関わらせるつもりはないわ。まぁ、いずれこの店を継ぐとかそういう話になったら、今は寝たきりになってるうちの人みたいに、多少なりともカプランだの、他の組織だのと繋がりを持つことになるんだろうけど、それ以上のことは考えてません」
落ち着いた声で、ロンディーネはきっぱりとそう言いきった。
「あんたがそう思っても、カプランがそれを認めるかはわかんないよ」
女は再び携帯電話を手に取ると、画面をだるそうに見ながらそれを弄び始めた。
不意に、女の携帯電話から不愉快な短い電子音が鳴った。女は素早く携帯電話のボタンを押すと、画面をロンディーネの方へ向けた。
「はい、上からの答え」
女の見せた画面には、短いメールが載せられていた。
『そちらにいる従業員は、そちらでカプランに有用な人材となるよう教育を施すこと』
メールの差出人は全く見たこともないアドレスだったが、組織からのメッセージであることは容易に推測出来た。
「…繋いでたのね」
ロンディーネは苦い気持ちで女を見た。暇を持て余して携帯電話をいじっていたと思っていたが、彼女はカプランの誰かと通話状態で繋がっていたのだ。
ロンディーネの意思確認をしたカプラン側の出した答えが、このメールということだ。それに逆らうことなど出来ない。
目の前で涼しい顔をする女への恨みと共に、ロンディーネは自分の迂闊さを呪った。
「ズィオだって、あんたのとこの子供と同じ位のガキを育ててるみたいじゃない。一緒でしょ?」
「あの子には事情があるの」
ロンディーネは、数ヵ月前にズィオが店に連れてきた少年の顔を頭に浮かべた。
「事情なんて誰にでもある。でもそんなの、カプランには関係ないでしょ」
女は冷たくそう言い捨てると、飲みかけのコーヒーをテーブルに残したまま、店を出ていった。
一人その場に残されたロンディーネは、ふと誰かの視線に気付き、辺りを注意深く見回した。
すると、二階へと続く階段の昇り口で、恐る恐る探るような視線をこちらへ送るトレンタと目が合った。
聞いていたの?とは、ロンディーネは敢えて尋ねなかった。ただそれ以外に、かける言葉が見つからなかい。
あのメールは、カプランからの命令だと理解するしかない。でもトレンタにこれ以上人殺しをさせてはいけないと誓ったばかりだというのに、そんな話をトレンタに出来るわけがない。
苦しい葛藤がロンディーネに沈黙を強いた。だがそんなロンディーネの前に、トレンタが何かを悟ったような顔で近づいてきた。
「ごめん、全部聞こえてた」
穏やかな声で、トレンタはそう言った。
「ここは僕の大切な場所だから、ここを守るために必要なら、僕、いいよ」
「そんなこと言わないで…」
そう言いかけて、ロンディーネはその先が言えず黙った。カプランという組織の恐ろしさ、そこからの命令に逆らうことなど出来ないこと。その重すぎる事実が、再び彼女の口を塞いだ。
トレンタは、彼女のその態度を答えだと受け取ったのか、小さく微笑んだ。
「ロンディーネが色々教えてくれるんだよね。だったら、僕、何も怖くないよ」
トレンタの優しい言葉が、ロンディーネの心を深く抉って染み渡った。
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