第42話 飼ってるあの子

 カプランと懇意にしていた医者が消えた話は、瞬く間に組織や、街のゴロツキ達の間に広まったが、それと同じくらいの速さでいつの間にか消えていった。


 カプラン相手に何かやらかしたのであれば、そうなるだろう。誰しもがなんとなくそう考え、それ以上の詮索を行う者もいなかった。医者がロンディーネに言い寄っていたことなど、話題の端にも上ることはなかった。


 店主は相変わらず寝たきりだったが、組織からは新しく人畜無害な医者をあてがってもらい、Casa Miaとロンディーネは、表面上いつも通りの日々を取り戻した。


「まだ連絡先教えてもらって無いんだけど」


 派手な化粧をした女が、だるそうにロンディーネに向かってそう言いながら、自分の携帯電話をカウンターの上に置いた。


「あんたに教えたら、プライベートでも電話掛けて来るでしょ?」


 いなすようにそう言いながら、ロンディーネは女にコーヒーを差し出した。相手は口の先を尖らせながらそれを受け取った。


「折角上からタダでもらったんだから、仕事以外でも使えば良いじゃん」


 女はカップを手で包むように持ちながら、むくれた顔を見せた。


「会話やメールの履歴は全部カプランに監視されてるのよ、いくらなんでもプライベートまで組織に晒すなんて嫌でしょ?」


 ロンディーネはそう問い掛けたが、女は少し考える様に視線を天井に向け、そしてあっけらかんとした表情で言った。


「私は全然平気だけど?仕事とプライベートは分けないタイプだから」


 女の返答に、訳のわからないことを言うと呆れつつ、そういえばこの子はそんな子だったとロンディーネは肩をすくめた。


 目の前で携帯電話をいじり始めたこの年若い女も、こう見えてカプランの殺し屋だ。特に男を籠絡することにかけては組織のなかで右に出るものはいない。


 そして面倒なことに、仕事にかかる時にはターゲットに本気で恋をして、そんな相手を組織の命令で泣く泣く殺害する悲劇の主人公としての自分に陶酔する、特異な感覚の持ち主でもあった。


 本人曰く、その感覚に病みつきになったせいで、カプランを抜けたくても抜けられないのだとか。組織に入る前に誰かを同じような状況で殺して、その感覚をまた味わうためにカプランに入った、というのが正しいのではとロンディーネは推察しているが、敢えて言わずにいる。

 

「そんなことよりさぁ、あんたんとこで飼ってるあの子、そろそろ組織に紹介しないの?」


 相変わらず携帯電話と睨み合ったまま、女は世間話でもするように言った。

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