第38話 ロンディーネの思案

 店に戻ってから、ロンディーネは先程までの感傷を打ち消すように、これからのことについて考えた。

 あの医者が今すぐにロンディーネとカプランの関係を、この界隈に暴露して廻ることはまず無いだろう。そんなことをすれば、すぐにでもカプランからの報復がある。それくらいは予想がついている筈だ。

 どこか国外にでも逃げる準備を十分に整えてから、事を起こすに違いない。ロンディーネが自分と一緒に逃げざるを得ない状況が作られるまでは、大人しくしているだろう。ロンディーネはそう読んだ。

 ではこちらはどう動く?安直だが、医者が行動に出る前に消してしまうか。組織にとって替えのきかない存在でもないから、邪魔になればそうするのが手っ取り早いが…。

(誰に任せる?それとも自分でやる?)

 コーヒー豆の缶が並んだ棚を睨むように見つめながら、ロンディーネは思案した。

 カプランの殺し屋の誰かに頼めば、手早く済むだろう。だが誰に頼むかは慎重に考えなければならない。身内とは言え、恩を売ったり、弱みを握られるのは良くない。

 一人思い悩むロンディーネは、いつの間にかトレンタが店の裏口からこっそり外へ出ていった事に気が付かなかった。

(始末するにしても、しないにしても、まず相談出来るとしたら、あいつしかいないか…)

 ロンディーネは、草臥れたコートに身を包んだ背の低い男の顔を思い浮かべた。

「今連絡して、繋がればいいけど…」

 カウンターに置かれた電話に視線をやりながら、ロンディーネは誰に言うでもなくそう呟いた。

 その時だった、店の裏の方から声が聞こえた。

 怒気をはらんだその声が例の医者のものだとロンディーネが気づいた瞬間

「ギァ!」

 という短い叫び声が、まだ目覚めていない街の路地裏に響いた。

 何があった!?ロンディーネは脊髄反射的に、食器棚の奥に隠していた小型のピストルを引っ張り出すと、音を立てないようゆっくりと、裏口に向かった。

 しばし裏口のドアの前で、息を殺して外の音に耳をそばだてたが、さっきの叫び声以降、声どころか音らしい音も聞こえて来なかった。

 ロンディーネはドアノブに手をかけ、もう片方の手の指ををピストルの引き金にかけたまま、ゆっくりとドアを開いた。

 そして滑るように素早く外へ出ると、声のしたと思われる方へ銃口を向けた。

「…。」

 ピストルの先に見えた光景に、ロンディーネは一瞬言葉を失った。

 そこには、胸の辺りを刺されて力無く横たわるあの医者と、目の前で大量の返り血を浴びて呆然と佇むトレンタの姿があった。

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