第37話 なんだってするよ
「聞いてたの?」
ロンディーネは自分でも驚くほど冷たい鋭利な声でトレンタに尋ねた。
何を、どこまで聞かれたのだろう。医者が自分を口説いてきた所?カプランのことやロンディーネの仕事の話も聞かれていたのだろうか。いくつもの思考が同時にロンディーネの頭の中を巡った。
それ故に抱いた警戒心が、ロンディーネの問い掛けに反映されたのかもしれない。
トレンタはそんな彼女の様子に怯えながらも、小さく頷いた。
「聞かなかったことにしてくれる?全部ね」
ロンディーネはトレンタにそう釘をさすと、さっきまでの冷徹な雰囲気を打ち消すような柔らかな表情を向けた。
「怖がらせたなら、ごめんね。もうそろそろ仕込みを始めないと、開店に間に合わないわ。行きましょ」
ロンディーネはそう言って、まだ不安げな表情のトレンタの頭を、軽く叩くように撫でた。
トレンタはそれでも、何か言いたげに視線をロンディーネと床の間で行き来させていたが、やがて何かを決心したような目をロンディーネに向け、口を開いた。
「僕、ここにいられなくなるのは嫌だよ。それに、ロンディーネが辛い目に遭うのはもっと嫌だ。だから、なんだってするよ」
幼いなりに覚悟に満ちた言葉とその視線を受けたロンディーネは、もう一度、今度はもっと優しくトレンタの頭を撫でた。
「ありがと。でもあなたが心配することじゃないわ、大丈夫」
そう言うと、ロンディーネはトレンタの隣を通りすぎ、店の方へ戻った。後ろからトレンタがとぼとぼ付いてくるのを感じたが、何も言わないことにした。
トレンタには、この店がどんな場所で、なぜ自分がここにいるのか、本当の事を話してはいなかった。
秘密を知る人間が多くなるのは好ましく無い。それはもちろんなのだが、ロンディーネはそれ以上に、トレンタをこちらの世界に関わらせたく無かったのだ。
少しだけ、トレンタを昔の自分に重ね合わせていたのかもしれない。
親の顔も覚えられないうちに路上に捨てられ、彼のように食べ物を漁りながら生き延び、そしてこちらの世界に足を踏み入れてしまった自分のようには、なって欲しくない。
この世界で生きるには甘すぎるくらいの、親心のようなものが、ロンディーネには芽生えていた。
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