第33話 濡れ鼠
穏やかな晴天に恵まれることの多いマリオットには珍しく、その日は朝からバケツをひっくり返したような土砂降りが続いていた。
そのせいか、店の客入りもすこぶる悪く、いつもなら夜通しの仕事を終えた悪党達が、美味しい料理と酒で昨日の汚れを洗い流しに来るのだが、シャワーのような雨粒達がその役目を奪ってしまったようだ。
店には、昨日の夜から飲み潰れている数人の若者以外に客はいない。いつもなら、朝の8時まで店を開けているところだが、今日はもう客がくる見込みも無さそうだと、ロンディーネは店を閉める事にした。
体調を崩して寝込んでいる夫の看病もしてやらなければならないし、自分もこんな天気の悪い日は早く休んでしまいたい。ロンディーネはそんなことを思っていた。
とりあえず、あの酔っ払い達を叩き出さなければと、ロンディーネがカウンターからホールへ出ようとした時、店の裏口の辺りで物音がした。
最初は雨音だろうかとロンディーネは思ったが、それにしてはおかしい。
だがやがて、それが紙やビニール袋の擦れ会うような音であるとわかり、ロンディーネはようやく、誰かが店の裏のゴミ箱を漁っているのだと気がついた。
浮浪者が残飯を漁っているのかもしれない。酔っ払いよりも先にそいつを追い返そうと思ったロンディーネは、裏口の戸を開けた。
案の定、裏口の横に置かれたゴミ箱の蓋は道端に打ち捨てられるように置かれ、浮浪者とおぼしき何者かがゴミ箱に頭から突っ込み、中を漁っていた。
相手が成人男性なら、力付くでは追い払えそうにないとロンディーネは思っていたが、目の前でゴミ箱を漁る浮浪者は、大人の男にしては随分と小柄で、痩せていた。
いっそゴミ箱ごと蹴り倒せば、びびって逃げていくだろう思ったが、そんなことをすればこの大雨のなか、ごみ掃除をする羽目になる。
ロンディーネは仕方なく、大声で警告してお引き取り願う作戦に切り替え、腹に力を入れて声を上げた。
「なにしてんの!ゴミ漁りならヨソでやりな!!」
普段は決して出すことの無い低くドスの効いた声で、ロンディーネは浮浪者を威嚇した。その声にあまりにも迫力があったのか、相手は飛び上がるようなゴミ箱から顔を出すと、勢い余ってその場に尻餅をついた。
倒れこんだ相手を見て、ロンディーネはその以外な姿に次にかけるつもりにしていた言葉を見失った。
目の前にいたのは、まだ十代前半に差し掛かったばかりに見える、あどけなさの残る少年だった。
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