第32話 ロンディーネ

 ロンディーネがこの店の主人の後添えになって、その頃にはもう二年の月日が流れていた。

 カプランのボスが病床にあるなか、後継者の筆頭と目されていた長男のベルナルドは、自らが後継の座にふさわしい事を内外に示すべく動き出していた。

 元来、商才には恵まれていたらしく、表社会では企業買収や新規事業の開始などで、企業としてのカプランを瞬く間に成長、拡大させ、最早先代を越えたと誰もがその手腕を評価していた。

 そして社会の裏側でも、未だカプランが完全に掌握しきっていないマリオットの裏社会を完全に掌握すべく、矢継ぎ早に手を打っていた。

 ロンディーネの仕事も、そんなベルナルドの計画の一つに位置付けられていた。彼女が潜り込んだCasa Miaは、裏社会の人間が大物から下っ端まで区別無く集まるアジール -聖域- のような場所だった。

 さすがに、店の主人が祖父から三代に渡ってここを経営していると自慢するだけのことはある。またそれはとりもなおさず、マリオットの裏社会に関する様々な情報が自然と集まってくる事を意味していた。

 そこに、ベルナルドはロンディーネというスパイを潜り込ませたのだ。

 最初こそ、若い後妻を訝しむ者達もいたが、人付き合いがうまく、気さくで美しい彼女に、一筋縄ではいかない街のゴロツキ達も次第に心を許していった。

 何より、当の店主がロンディーネに夢中で、少しでもケチをつける客がいれば店から叩き出さんばかりに怒りを剥き出しにするものだから、

いかに札付きのワルどもであっても、憩いの場を追い出されては堪らないとさすがに大人しくなっていった。

 そんな風に後妻としてのロンディーネをからかったり、裏があるのではと怪しんだりする人間はいなくなったものの、逆に彼女にコナをかけたり、店主の居ないところで口説いたりする人間は引きも切らず現れた。

 ただロンディーネも心得たもので、中途半端に声をかけてくる人間は軽くあしらったり、ワルどもが気分を悪くしない程度に相手をしてやったりと、まるで掌のうえで転がすように見事に彼らをかわしていた。

 それでも時偶、あまりにしつこく言い寄ってくる輩もいたが、そんな奴に限っていつの間にか、店からも、マリオットの街からも居なくなっているのだ。

 ただそいつがどうなったかも、何が起こったのかも誰も知らないし、興味もなかった。

 悪党が一人二人、どこへともなく消えることなど、この街では良くあることなのだ。そいつがロンディーネにしつこく言い寄って居たことなども、誰も感心を持っていなかった。

 そうして、ロンディーネはCasa Mia の若い女将として店主と仲睦まじく過ごしながら、一方ではカプランのスパイとして、店に集まる情報達を粛々とベルナルドのもとへ届けていた。

 トレンタが彼女の前に表れたのは、そんな時だった。

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