第31話 トレンタ
「トレンタの事って言われても、そうねぇ…」
皿を洗う手を止め、ロンディーネはしばし天を仰いだ。
「出会った頃から、どこか普通とは違うって言うか、まともじゃないって言うか。そんなところがあったわね」
「俺らみたいな殺し屋はみんなまともじゃねぇよ」
ロンディーネの言葉に、ズィオはどこか呆れたようにそう言い、空になったグラスをカウンターに載せた。
ロンディーネは、ワインのおかわりを注いでやることはせず、そのグラスを引き上げた。不貞腐れたように唇を尖らせるズィオを、飲み過ぎよと嗜めながら、さらに言葉を継いだ。
「自分も含めて、人殺しを生業にしてる人間がまともだなんて、私だって思ってないわ。でもね…」
ロンディーネはそこで一瞬、口ごもるように沈黙した。それから洗い物をする手を止め、止めどなく水の流れる蛇口を締めた。
「あの子は殺し屋としても、なんだか違うのよ、私達みたいなのとは」
自分でも要領を得ないことを言っていると、ロンディーネはわかっていた。ズィオもその事を理解しているのか、そうかい、とだけ言った。
ロンディーネは、自分も含めて様々なタイプの殺し屋を見てきたと自負している。
良心の呵責に苛まれる者もいたし、仕事だと割りきっている者や、そもそも何も感じない者もいた。殺しを楽しむような、同じ殺し屋の自分ですら軽蔑の眼差しを向けずにはいられない輩もいた。
「でもねぇ、そういうのとも少し違うのよ。トレンタって子は」
再び食器洗いのために手を動かしながら、ロンディーネは消化不良の思考をとりあえず正直に外に吐き出した。自分の弟子だったはずの殺し屋の本質を未だに捉えきれていないことが、少し歯がゆかった。
「他人様の本性なんて、完全にはわかりっこねぇよ」
ズィオはゆっくりとした口調でそう言ってから、そろそろコーヒーだなと付け足した。
さりげなく、特別慰めるような態度を取りはしないが、言葉だけは優しい。そういうところがズィオらしかった。
「そうよね」
ロンディーネはサイフォンの底で泡立つ水と、俄に浮かび出すコーヒーの香りに、ふと、トレンタと初めて出会った日の事を思い出した。
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