第30話 再び、Casa Miaにて
「あいつが感情を表に出したのは、あの涙が最初で最後だったな」
程よく酔いが回ってきたのか、ズィオはイスの背もたれに身体を預けながら、遠い目で半分ほどワインの残ったグラスを眺めつつ、そう言った。
「確かにそうだったかも。でも大したものよね、いつも一緒にいたあなたの前でも、アルバはそうやって感情を殺していられたなんて」
ロンディーネはそう言いながら、ズィオの前に新しい小皿の料理を差し出した。サーモンと玉ねぎ、オリーブのピクルスで拵えたマリネが、上品に盛り付けられていた。
「殺してたんじゃねぇ、あいつはあの日に全部置いてきたんだよ、怒りも悲しみも。もちろん喜びもな」
小皿を受けとりながら、ズィオはそう言った。酒が回って多少饒舌にはなっているが、その声と目つきはまだ活きている。
(こっちもたいしたものよね。もう年も年なのに)
師弟共々侮り難いのは相変わらずかと、ロンディーネは心の中で独りごちた。
「でもアルバを弟子にしたのは大正解だったんじゃない?あの子の活躍を考えれば」
「まぁ、当たりっちゃ当たりだな」
サーモンにフォークを突き立てながら、ズィオはどこか興味なさげにそう言った。素直に誉めてやらないのも相変わらずだと、ロンディーネは懐かしくも可笑しくなった。
「お互い、便利に使われた割には出世させてもらえなかったけどなぁ」
自嘲気味にそう話しながら、ズィオは今度はオリーブをフォークで刺した。
確かに、ロンディーネの目から見ても、ズィオやアルバが優れた殺し屋であることは論を待たない。
にもかかわらず、ズィオは命令があればビタロスのどこにでも向かう便利屋のようなことをさせられていたし、アルバもシエラの殺し屋のまとめ役といった程度の仕事しか与えられなかった。
いくらシエラがカプランの故地とはいえ、マリオットや他の大都市での仕事と比べればやはり見劣りする。
そのくせ、時には上からの命令でズィオのように様々な場所に駆り出されたりもしていたはずだ。
「あなたは先代のボスへの思いが強すぎたから、二代目に嫌われても仕方ないとは思うけど、アルバはもう少し組織の上の方に行っても良かったのに」
ズィオの前にある空になった皿を回収しつつ、ロンディーネは言った。
「私がボスなら、あの子は絶対に傍に置いておくけど」
「俺ならやだね」
間髪入れずにズィオがそう言った。それなりに呑んでいるはずなのに、その声ははっきりとしていた。そして口元はニヤリと吊り上がっていた。
「あら、どうして?あんな切れ者、傍に置かない手はないと思うけど」
嘲りとまでは言わないけれど、どこか小馬鹿にしたようなズィオの様子に、ロンディーネは柄にもなくむきになって言い返した。
「わかんねぇかなぁ?」
ズィオはからかうような声で、フォークの先に刺さったオリーブをロンディーネの方に向けた。
「切れすぎるんだよ、アイツは。誰もてめえのナイフで怪我したくないだろ?」
オリーブでくるくると宙に円を描くと、ズィオはそれを口に放り込んだ。
「...まぁね」
その言葉には、ロンディーネも同意するしかなかった。実際、カプラン崩壊後にアルバを傍に置いて再起を図ろうとしたボスは、彼の手で命を絶たれた。
「ボスが最後に座っていたソファ、まだあるわよ」
ロンディーネは店の中央にあるソファ席へちらりと目をやった。ズィオはぎょっとした目でソファの方を見ると、早く処分しちまえよと顔をしかめた。
「私がわざわざ外国まで出向いて買い付けて来たのよ。そう簡単に手放すもんですか」
不愉快そうな顔付きのズィオに、ロンディーネはさっきのお返しとばかりにそう言ってやった。
「まぁ、それは良いとしてだ」
ズィオは話題を逸らすように、いつの間にか空になっていたグラスをカウンターに戻しながら、ロンディーネに問いかけた。
「今度は30(トレンタ)のことを聞きたくなってきたな。俺ばっかり喋っちまった。次はそっちの番だろ?」
年に似合わぬいたずらっ子の目を、ズィオはロンディーネに向けた。
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