第25話 エディの迷い

「信用出来ない」

 とりつく島もない素っ気ない返事を、エディはズィオに返した。

 だがズィオは、今までこちらの問い掛けに何も答えず、ただ黙殺するばかりだったエディの態度が変化したことを見逃さなかった。

「わかってるよ。こっちだって、はいわかりましたなんて答えは期待しちゃいないさ」

 そう言うと、ズィオは腰掛けていた椅子からおもむろに立ち上がり、エディの方へ歩み寄った。それを見たエディは拳銃の先を再びズィオに向けた。

「わかったわかった、不用意に近づいて悪かったよ。だからそいつをこっちに向けるのはやめてくれ」

 ズィオは立ち止まると、やや大袈裟に肩をすくめて見せた。

「こいつを見せたかっただけさ」

 ズィオは自分のスマートフォンを掲げ、画面をエディの方へ向けた。だが、スマートフォンの画面はエディのいる場所から確認するには小さかったようだ。

 眉間に皺を寄せて険しい顔で画面を見るエディを見て、ズィオはその事に気付いた。

「悪い、そっからじゃ見えねぇよな。ほらよ」

 ズィオは自分のスマートフォンを床に置くと、滑らせるようにエディの方へそれを寄越した。

 スマートフォンはエディの足元にコツンと当たって止まった。エディはズィオの方へ注意を払いながら、身体を屈めた。人質にされている女性職員も、へたり込むようにその場に座った。

 画面をまじまじと覗き込むエディに向かって、ズィオはいつになく穏やかな声で語りかけた。

「それは、その知り合いがやってる里親と里子を結びつける仲介業のWebサイトだよ。どこに出しても恥ずかしくない非営利の団体だ。日のあたる世界のお人好しな連中さ」

 ズィオは、自分のスマートフォンの画面に映し出されているであろう穏やかそうな中年夫婦の顔を頭に思い浮かべた。

 こんなものを見せたところで、カプランの人間が言うことは信じられないと一蹴される可能性は大いにある。

 それでも、一縷の望みをかけてズィオはそれを見せた。二人をこのままにはしておけない、そんな殺し屋にあるまじきお人好し振りを自嘲しながら。

 エディは沈黙を守っていたが、不意に女性職員の首に絡ませていた腕をほどき、解放した。

 自由になった職員は、恐怖のあまり力の入らなくなった身体を必死によじりながら、這うようにしてエディから離れていった。

 信じてくれたのだろうか。そんな期待を抱きながら、ズィオはエディに話しかけようとした。

 その時だった、外の方から、パトカーのサイレンの音が、けたたましく響きながらこちらへ近づいて来るのが聞こえた。

 重なりあうように、数台のパトカーのサイレンが轟くのを聞きながら、ズィオは警察の遅すぎる登場を心の中で笑った。

(もう全部終わったよ)

 窓の外で、施設の前に停められたパトカーから数人の警官が出てくるのを見ながら、ズィオは思った。

「まぁ警察は来ちまったけど、安心しな。奴らには顔が利くから、今回のことは不問に付してもらって、妹さんと一緒に外国にでも逃がして…」

「返す…」

 ズィオの言葉を遮るように、エディは拳銃をズィオに投げて寄越した。

「あぶねぇ!」

 宙に舞う拳銃をなんとか掴んだズィオは、ほんの一瞬、エディから目を離してしまった。

「おもちゃじゃねぇんだぞ!」

 ズィオは思わず声を荒げたが、彼の視線の先には既にエディの姿はなかった。

(どこにいった?)

 ズィオが焦りとともに周囲に視線を巡らすと、窓の方に向かってゆっくりと歩いているエディの姿が目に入った。

 施設の正門付近には続々と警察官が集まり始めていた。エディは彼らに自分の姿を見せつけるかのように、部屋の窓を大きく開け放った。

 エディの姿を確認した警察官たちは、目の前に表れた十代そこそこの少年を人質の一人と思ったのか、構えた銃を下ろしかけた。

 そんな警察官たちに向かって、エディは両手を大きく掲げ、それを頭の後ろで組んだ。

 犯罪者が投降するかのような降るまいに呆気に取られている警察官達に向かって、職員の一人が、彼が立て籠っていた子どもですと青ざめた顔で告げた。

 信じられない、といった表情で警官達はエディを見たが、その間にもエディは淡々とした表情で手を組んだまま彼らのもとに近づいて行った。

 やがて、警官達のすぐ傍まで来たエディは、困惑するの一人に両手を差し出した。

 警官は躊躇いながらもエディの両手首に手錠を嵌め、義務的な口調で確保した日時を告げていた。

 程なく、数人の警官達が施設の中に入って来て、アリアナや施設職員の二人を保護した。

 ズィオもまた、巻き込まれた不運な老人として一応警察に連れていかれることになった。

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