第7話 ズィオには向かない職業

 ズィオの狙い通り、頑強に組まれている筈のレンガがカサリと音を立てて動き、外れた。

 ズィオは火かき棒とレンガを暖炉の床に置くと、ぽっかりと空いた穴をスマートフォンのライトで照らした。

 中には茶色い封筒が詰め込まれていた。ズィオがそれに手を触れると、封筒はかなりの厚みを持っているのがわかった。

「多分、これだな」

 ズィオは夫婦にも聞こえるよう意識的に声を張ってそう言った。人質の二人は、絶望とも落胆ともつかない表情を見せながら、もはや恐怖を表現する力すら残っていない様子で項垂れていた。

 ズィオは封筒をやや強引に穴から引っ張り出すと、簡単に中の書類をあらためた。思った通り、グリシャムとの取引に関する記録のようだ。

「よし、仕事は終わりだ」

 ズィオは書類を封筒に戻すと、夫婦を監視していたエージェントにそれを投げて渡した。

 不意に投げられた大事な封筒を、エージェントは慌てながらもどうにかキャッチし、これからどうします?とズィオに尋ねた。

「そいつらはとりあえず連れてけ、もうすぐ迎えがくる」

 ズィオは人質二人に冷たい視線を向けながら言った。二人はもう用無しと言えば用無しなのだが、どう処理するかは上に任せることにした。

「迎えって、ズィオは一緒に戻らないんですか?」

 首を傾げるエージェントに向かって、ズィオはうんざりした顔で答えた。

「別件が入った。終わり次第そっちに行けとさ。車は借りてくから、お前は迎えを待ってな、鍵貸してくれや」

 そう言い残すと、ズィオはエージェントから車の鍵を受け取り、脱け殻のように脱力する人質夫婦を任せて屋敷を後にした。

 ズィオは屋敷の広い庭に乱暴に停めていた車に乗り込むと、エンジンをかける前に車のシートに身体を押し付けるように預けて、深い溜め息をついた。

 今日は誰も殺さずに仕事を終えられそうだと、誰に向けてでもなく感謝するつもりだったのだか、どうもそう上手く行きそうにない。

 殺し屋を稼業にする人間なら、もう少し割り切って仕事をするべきなのは重々承知している。まして、ズィオもうじき六十の峠を越えようとしているベテランなのだ。

 そろそろ引退というのも考えないでもない年齢だが、そんな年になるまで、殺し屋に一番必要な覚悟というのを持てずにいる。多分、引退するまでこんな調子なのだろう。

「まぁ、ヘタレで良いか」

 誰に言うでもなく、ズィオはそう呟いた。それからいつも通り、割りきった振りをして自分の心を騙すと、ハンドルに手を添えた。

 次の現場が待っている。

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