第8話 シエラの病院

 ズィオが向かうように指示されたのは、都市部にある病院だった。

 都市部と言っても、ズィオがいるシエラは寂れた地方都市だから、街の中心もどこか寂しく、打ち捨てられたような物悲しさを纏っていた。

 その中にあって、最新の設備を揃えた五階建ての総合病院は、街一番の大きな建物と言っても決して言いすぎでは無かった。

 シエラという街は、かつて漁業や海運で栄えた港町で、ズィオの組織、カプランがマフィアとして産声を上げた特別な場所でもある。

 だから組織は、活動の本拠地を首都マリオットに移してからも、今では見る影もなく落ちぶれたこの街の拠点を維持し続けている。

 そして、産業の衰退し職のあてもないこの街で、学歴も技能もなく地元に残るしかない若者を組織に引き込んでは、組織に役立つ人間に鍛え上げていた。

 ズィオも、生れはシエラだし、シエラ出身でカプランの裏仕事に従事するエージェントは多い。

 病院に着いたズィオは、受付には行かず裏手の関係者出入口から堂々と病院に入った。

 その姿を見つけ注意しようと駆け寄ってきた看護師に、ズィオはコートに隠れた胸元のバッジを見せた。

 看護師はエーデルワイスをあしらった小さなシルバーのバッジの存在に気付くと、強ばった表情を見せながら、どういったご用件でしょうかと尋ねてきた。

 バッジはカプランの関係者であることを示すものだ。そして、この病院はカプランが経営している。

「マルソーとグラッパが入院してるだろ?見舞いだよ」

 ズィオは出来る限り愛想良く言ってやったが、看護師は硬い表情のまま少しお待ちくださいと言うと、反転してすぐそばの部屋に駆け込んで行った。

 そんなに怖がらなくてもとズィオは思ったが、カプランの名前がこの街で持つイメージを考えれば仕方ない。

 やがて看護師が部屋からもう一人を伴って戻ってきた。

「こちらにどうぞ」

 緊張した面持ちで口を開いたのは、後から来た看護師の方だった。年配の、いかにも看護師達を仕切っているような風格を漂わせてはいたが、カプランの関係者の前ではやはりどこか落ち着かない様子だった。

 その看護師に案内され、ズィオは職員用のエレベータに乗り、入院患者の収容されている階まで上がった。

 エレベータが目的の階に着くのを待ちながら、ズィオはうっかりコートの内側にしまっているタバコに手を伸ばしそうになり、ここが病院だと気付いてやめた。

(俺相手に、病院だからタバコはやめろと言うのも難しいだろうな)

 さっきから一言も発さず、階数表示盤を硬い表情で見つめている看護師の背中を見ながら、ズィオは行き場を失った右手で、タバコの代わりに帽子を取った。

(こっちだって気ィ使ってんだぜ)

 声には出さず、ズィオはそんなことを思った。

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