第6話 ズィオの能力

 耳の穴に手を捩じ込んだズィオは、黒い耳栓を穴から捻り出した。それを専用のケースにしまうと、今度はコートの胸元から何かを取り出した。

 上等なシルクの布に大切に包まれたそれは、手のひらに収まる大きさの音叉だった。

 そんなズィオを、すっかり意気消沈した夫婦は怪訝そうに見ていたが、黙っていろと言わんばかりにこちらを睨み付けるエージェントの手前、何をする気なのかと尋ねることも出来なかった。

 耳栓を専用のケースにしまったズィオは、ケースを無造作にポケットに入れた。シンと静まり返った筈の屋敷の中が、ズィオにだけは騒々しかった。

 ズィオは、生まれつき常人の何倍も聴覚が優れており、普段は耳栓をしていなければまともに生活できないほど、周りの音を大きく、遠くまで拾ってしまうのだ。

 そしてもう一つ、ズィオには常人離れした聴覚を使った特殊な能力を持っていた。そのために必要なのが、音叉だった。

 ズィオはカーペットの敷かれた床を見回し、その端を捲った。硬質な大理石の床がその下から姿を表した。

 その場にしゃがみこんだズィオは、手にしていた音叉で床を軽く叩いた。静かな室内に音叉の高い音が小さく、けれどはっきりと響いた。

 ズィオは振動する音叉を額額の辺りまで持ってくると、目を閉じ、音叉の揺らぎに意識を集中するように閉じた瞼の向こう側からそれを睨んだ。

 その時間が数秒続いた。夫婦も、二人を監視するエージェントも、呼吸することすら忘れてズィオの不可思議な仕草に目を凝らしていた。

 ふと、ズィオがきつく閉じた瞼を開き、音叉を額から離した。それをもともと入れていた胸ポケットにしまい、すぐに耳栓を耳の穴に戻すと、おもむろに立ち上がった。

 それから無言のまま夫婦のもとへ近づくと、何も言わずにその横を通りすぎた。

 何もしないのかと呆気にとられた様子の夫婦とエージェントを尻目に、ズィオは彼らの背後にもうけられた暖炉の前にたった。

 その様子を見た夫の方が、静かに息を飲む小さな音がズィオには聞こえた。

(当たりか)

 ズィオは自分の狙いが当たっていたことに内心ほくそ笑みながら、暖炉の灰のやまに突っ込まれた火かき棒を手に取った。

「音ってのはな」

 火かき棒についた灰を落としながら、ズィオは独り言のように話し始めた。

「どんなに小さくても、何か障害物に当たると反響するんだよ。俺はその反響の仕方で、音のぶつかった物の形とか、大きさとか、壁の厚さや間取りだってわかっちまうんだ」

 ズィオの言うことが今一つ理解できていないのか、夫婦とも恐怖のなかに戸惑いの感情の混じった顔をこちらに向けていた。

「この暖炉な、内側のレンガに他に比べて薄くなってるところがあるんだよ。ちょうどその奥に、書類なんかを隠すのにうってつけの大きさの、四角い空間があるみてぇなんだが」

 そこまで言って、夫婦もさすがにズィオの言わんとしていることを理解したようだった。

「待ってくれ!」

 立ち上がろうとした夫の方を、部下が拳銃の底で殴った。その場に倒れこむ夫の姿に、妻が恐怖を絞り出したような叫び声をあげる。

 そんな背後のやり取りを無視し、ズィオは火かき棒の先端を暖炉の内側に組まれたレンガの継ぎ目に突き刺した。

 

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