第5話 イレギュラーな命令

基本的に、ズィオは仕事中のメールは無視するようにしている。それが例え大切なメールであっても。

 ただ、その日は妙にその着信が気になってしまい、思わずポケットを探りスマートフォンを覗いてしまった。

 メールの内容は、ある仕事でカプランのエージェントがしくじったので、その尻拭いをするようにというものだった。

 面倒なことに、そのしくじりを犯したのが、かつてズィオが指導した殺し屋だったということだ。

 今では一人立ちした弟子だったが、ズィオはいまだにその男をB(ベー)と、弟子だった頃の名前で呼んでいた。

 そいつと折り合いが悪いことも理由の一つだが、ズィオ自身その殺し屋を一人前とは認めていなかったからだ。

 そんなことだから、折り合いが悪いというのも有るのかもしれないが、何にしてもズィオはかつての弟子とは仲が良くなかった。

 ズィオにしてみれば、Bがどんなしくじりをしようと知ったことでは無いのだが、カプランにとっては、弟子の不始末は師匠の責任のようだ。

 遥か昔に解消した師弟関係なのだから、今さらそんなことをとも思うのだが、組織がそうしろと言うのなら従うより他無い。

(と言ってもねぇ、今仕事中なんだが)

 目の前で震える金満夫婦を冷めた目で見ながら、ズィオは再度メッセージに目を通した。

 簡潔な内容しか書かれていないが、後回しには出来なさそうだ。

 その時、二階を探させていたエージェントが、階段を下りる音が聞こえた。足取りの重さからして、捜索は空振りだったようだ。

 エージェントがリビングに戻って来たのを確認したズィオは、ダメだったかと表情も変えず言った。

「全く、書斎も寝室も隈無く、何なら家具の裏に隠してやいないかと思って、ひっくり返したりもしましたが、それらしいものは見当たりませんでした」

 無念そうに言ったエージェントは、ズィオの後ろで大人しくしている夫婦を憎らしげに睨んだ。

「そうかい、なぁ、もうさっきグリシャムとのことはゲロっちまったんだ、今さら遅いぜ。義理立てしてやる程深い仲でも有るまいし」

 ズィオは夫婦の方を乾いた目で睨みながらそう言った。

「それとも、他に何か理由でもあんのか?頑なに場所を言わない理由が」

 銃口を二人に向けたまま、ズィオは屈んで夫婦の蒼白い顔を覗き込んだ。だが、夫婦は沈黙を守ったまま俯くばかりだった。

(仕方ねぇ、あれ、やるか)

 ズィオは背後で依然として夫婦に憎らしげに視線を送る部下に目を向けた。

「ちょっとこいつらだまらせててくれ」

「黙らせれば良いんですか?」

 エージェントが銃をその手に構えた。

「違う違う、永遠に黙らす方じゃねぇよ。ただ静かに、一言も喋らせねぇように見張っててくれ」

 ズィオの言葉に、エージェントはその真意を察したらしく、黙って頷いた。それを確認すると、ズィオは銃をしまい、おもむろに自分の耳に手をやった。

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