第20話 真相2

「武器はまだ売却していないのか。CUCの金の動きを追っている連中からは、今のところそれらしい動きはないと聞いているが」


 アルバがそう尋ねた。


「取引をするのはあくまでダニーボーイが党首を辞めて、安全に新大陸に移り住んだ後だ。そういう約束だったからな。安心しな、武器はまだポート・フランクの倉庫にしまってある。キャスパー&ロングマンて社名がデカデカと書いてる倉庫だ」


 倉庫の名が出るや、ドノヴァンは立ち上がり何処かへ連絡を入れていた。


「そう急がなくっても、誰も手を付けちゃいないさ。俺しかその場所のことは知らないからな」


 ダニーは陽気な顔を不意に引き締め、アルバへ視線を向けた。


「ダニーボーイを抱き込むなんて、回りくどいやり方じゃないか。疑わしいなら、俺を引っ張って尋問すれば良い。疑わしきは罰せよ、それが俺たち情報機関のやり方だ。あんたはそれじゃだめだと思ったのか?」


 探るような視線を、ダニーはアルバに向けた。


「そんなことをしても、口を割るようなタマじゃないだろ、あんたは」


 アルバにそう言われ、まぁな、とダニーは苦笑いを浮かべた。


「オルブライトをこちら引き込んだのは、あんたがオルブライトとの連絡を通じて、こちらの知りたい事実を漏らす可能性に期待したからだ。あんたは情報機関から支給されたのとは別に、オルブライトとの連絡用にスマートフォンを一台持っていたようだからな。そちらを傍受することは出来ない。それなら会話の相手を引き込めばいいと思ったまでだ」


 悪魔的な知恵だなと、ダニーはアルバの言葉を聞きながら思った。同時に、自分もこんなことをしていたなと、ふと昔を思い返した。


「さらに俺がオルブライトを殺すといえば、それを防ぐためにあんたはこちらに掛り切りになる。その間に情報機関や警察があんたの周辺をさらに深く洗うことが出来る」


 アルバの乾いた言葉に、そういうことだよなと、ダニーは妙に力の抜けた声で呟いた。


「俺が度々やってきたことだ。ターゲットが冷静さを失うような環境を作り、そこで生まれた隙につけこむ。見事にやり返されたのか。こりゃもう、引退必至だな」


 ダニーは天を仰ぐように面会室の天井を見た。そしてアルバに向き直ると、いつもの軽い調子で言った。


「それじゃ、俺が【ケットシー】の主人を通じてCUCの連中と連絡を取り合っていたこともバレてたのか」


「あのパブの主人が元CIのメンバーであったことは、履歴を洗えばすぐにわかる事実だ。ただ現在も協力関係にあるのか、あるとすればどんなものか、詳細はわからなかった。だからあんたの家を家探しさせてもらったよ。スマートフォンの履歴もそこで確認して、ついでに傍受できるようにもした。俺が二度目にオルブライトを狙おうとした、あの日のにな」 


 その言葉を聞き、ダニーはハッとしたように目を見開いた。


「・・・俺が外出することがわかっていたのか」


 ため息にも似たつぶやきが、ダニーの口から漏れた。


「一度目に俺がオルブライトと接触しようとしたとき、あっちは不用意にも観光地に出掛けた様子をSNSに上げた。あんたはそれを見て、次は自分が手の届く範囲で、オルブライトの行動を見届けてやらなければならないと思ったはずだ。何かあれば、身を挺してでもオルブライトを逃がす気構えで出掛けた。そうだろう」


 表情のないアルバの語りに、ダニーは飲み込まれていた。何も言えずにいるダニーを尻目に、アルバは話を続けた。


「オルブライトの会社の前には、道路を挟んでカフェが一軒ある。店の外観はガラス張りだが、外から中の様子が見えづらいように加工され、マジックミラーのようになっている。オルブライトが俺から無事に逃げ切れるかどうか、あんたはそのカフェからじっと見ていたんじゃないか。そしてオルブライトがまんまと俺から逃げおおせたのを確認して、安心した」


 そう言われ、ダニーは両手で髪を掻き上げながら泣き笑いのようなを浮かべた。


「俺が見てるだろうってことを見越して、出し抜かれた振りをしてたんだな。俺はあのとき、自分がこの先あんたに疑われることはあっても、少なくとも今の段階では、俺とオルブライトに振り回されてると思ったよ。見せつけてくれたな」


 悔しさとも楽しさともつかない表情を見せながら、ダニーは椅子の背もたれに身体を預けた。


「こちらとオルブライトの繋がりがバレるわけにはいかなかったからな。ある程度カムフラージュになるような行動は必要だった」


 アルバは無表情を貫きながらそう答えた。


 なるほど、”白”か。ダニーは何か妙に納得したような気持ちになった。


 この男はどこまでも白いままのキャンバスなのだ。喜びも悲しみも、怒りすら表現されていない。だから、どれほどその心の内を探ろうとしても、この男からは何も読み取れない。付け入る隙がないのだ。


(恐ろしいやつだ)


 ダニーの背筋を再び凍りつくような嫌な感覚が襲った。久しく味わっていない、情報機関の人間として生きていることを実感するような、不愉快で、刺激的な感覚。


「オルブライトの車がレンタカーだったのを見て、恐らく準備は最終段階に入りつつあると確信した。自家用車は恐らく売り払ったんだろう。レンタカーの中にはそれなりの数の荷物もあったしな」


 それにしても、と、アルバが不意にドノヴァンの方へ目を向けた。


「オルブライトが自家用車を手放したという情報は、本人がこちら側にいるにも関わらず、俺はあのとき初めて知った。どうも情報機関のところで止まっていたらしく、警察も初耳だったそうだ。明らかな連携不足だな」


 その言葉と視線に、ドノヴァンは不満そうにアルバを睨み返していた。警察は悪くないとでも言いたげな目だった。


「秘密主義は我が機関の習性だからな。息を吸うように秘密をつくるのさ」


 ダニーはこの期に及んで他機関と十分な連携を取れない自分の職場を、どこか愛情の見え隠れするような口調で揶揄した。


「パブの主人も既に警察が逮捕した。ついでに、CUCの幹部連中であんたと繋がっていた奴らも軒並み捕らえた」


 そう説明したアルバは、相変わらずの仏頂面だった。


「大捕物じゃないか。良かったな、ドノヴァン、ブラッドリー両警部補殿」


 そう言ってわざとらしく手を叩く仕草を見せるダニーに、ドノヴァンのほうがずいと身を乗り出しながら、どこか嫌味っぽい口調で言葉を返した。


「どうもありがとうございます。ただ、関係者を尋問しましたが、本丸である武器売却の話は全くの空振りでした。売却の日時も、テロ組織の窓口も、武器の保管場所も全て、あなただけしか知らないの一点張りでした。だから今日、わざわざここを尋ねたんです。まぁ、もう必要な情報は聞けたので良いんですが」


 言いたいことを言い終えると、ドノヴァンはちらりとアルバの方へ視線を向け、それからうんざりした顔で天井を見上げ、そして椅子に深く腰掛けた。


「ご足労どうも」


 いたずらっぽくダニーはそう言った。確信犯的に相手の感情を逆撫でするような物言いは、どこか大人を弄ぶいたずら好きの子供にも見えた。


「武器は最初から売り払う気なんて無かったんだ。もしそんなことしてみろ、ただでさえ移民の問題でゴタついてるのに、セルツランドもブリタニカも、外国からの移民をみんなテロリスト扱いし始めるかもしれん」


 そいつは気の毒だと、ダニーは二人に言った。


「ちなみに言っとくと、ダンがフィッシュ&チップスを初めての客にサービスするってのも、嘘だからな。あいつとはまぁ、仲良くは無いが、阿吽の呼吸で会話するくらいは出来る」


「だろうな」


 ダニーの言葉に、アルバは抑揚の無い声でそう返した。その隣で、ドノヴァンの顔が恥ずかしさで引きつっていた。


 アルバの監視役として本物の同僚と【ケットシー】へ向かったあの日、主人がサービスだと言って出したフィッシュ&チップスに気を取られた隙に、まんまとダニーに巻かれてしまった屈辱が蘇ってきたのだろう。


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