第19話 真相
「ヘイリーが死んで、CIの他の連中に義理立てする必要も無くなった俺は、情報機関に和解の可能性は無いと伝えて、一気にCIを追い込んだよ。強硬派幹部の動向やテロの計画まで、全部情報機関に余さず伝えてやった。脆かったな、頭を失ったテロ組織は。まぁ、その二か月後にベルフォート合意が成立したんだから、タイミングとしては丁度よかったんじゃないか」
どこか他人事のように、ダニーは自分が潰したテロ組織の顛末を語った。
ベルフォート合意は、ブリタニカとセルツランドの間で、北セルツランドの帰属についてセルツランドと北の双方で国民投票を行うことを確認したものだ。
この合意に基づき、ほどなく双方でそれぞれ帰属問題に関する国民投票が行われた。
そして、この投票で、北セルツランドがブリタニカに帰属する地域であることをセルツランド、北セルツランド双方の住民が賛成多数で承認するという結果が示された。
一方でブリタニカは、セルツランドと北との間の人の往来や貿易に関し、可能な限り自由化することを約束した。
もっとも、具体的なルールが策定される前に二つの国が地域連合に加わったことから、敢えて両国同士でルールを整備しなくとも地域連合のルールに従えば十分であるというコンセンサスが、少なくともブリタニカの連合離脱までは形成されていた。
「昔話はここまでにしようか。悪いな、少し喋り過ぎた。時間は大丈夫か?」
そう言って、ダニーはアルバとドノヴァンの顔を代わる代わる覗き込んだ。
「ここで切り上げて、本題に入って頂けるならありがたいです」
ややイラついた口調で、ドノヴァンが言った。
「申し訳ないね、じゃ、あんた達が聞きたい話をしてやろう。と言いたいところだが」
そう言って惚けた顔をして見せたダニーに対して、ドノヴァンは唇を噛んでいらだつ心を落ち着かせようとしていた。一方で、アルバの方は相変わらず、彫像のような無表情を貫いていた。
「良かったら、先に教えてくれないか。あんたたち警察も、情報機関も、最初から俺のことを狙っていたのか?ダニーボーイと司法取引をしてまで俺を嵌めたんだ。本当のところをまずは知りたい」
アクリル板の方へ身体を近づけ、ダニーは尋ねた。アルバはドノヴァンが答えるのを待ったが、ドノヴァンの方は、そちらが答えてくださいと言わんばかりの視線を寄越していた。
「情報機関は、本気でオルブライトの殺害を考えていたし、警察はそれより早く逮捕しようと考えていたようだ」
アルバの方が口を開いた。
「CUCの躍進や新しい法案の絡みもあって、CIを含めた、北セルツランドに潜伏するかつてのセルツランド派テロ組織のCUCへの糾合と団結を、本気で懸念していたようだ。ブリタニカの地域連合離脱に絡む潜在的な火種が燃え上がるのを、警察も情報機関も恐れているのは事実だからな」
「ですが、ブラッドリー警部補の見立ては違いました」
ドノヴァンが、ブラッドリーの名を殊更強調しながらそう言った。警察に言及するときには、他人事のように話すな。そう釘を指すかのように。
「オルブライトについての情報を自分なりに集めている過程で、あんたのことも少し調べさせてもらった。オルブライトとは色々と縁があるようだから、馴れ合いで緩い監視をしたり、悪くすれば情報を漏らしている可能性もある。情報機関も懸念は抱いていたようだが、オルブライトに繋がるパイプとしてある程度目を瞑っていたようだ。だから俺も、仕事に支障を来さない程度には、あんたのことを知っておいた方が良いと思ったんだ」
射貫くようなアルバの視線を受けて、ダニーは背筋に冷たいものを覚えた。だが同時に、どこかそれに懐かしさすら感じていた。かつてダニーが日々味わっていた殺気と緊張感を、この男はまだ身にまとっている。
「さっき話していたように、あんたが潜入している最中にCIが成功させたテロ行為のほとんどは、休日で人の居ない工場ばかりだ。逆にあんたの情報により未然に防がれたテロ行為の対象は、人の多い商業施設や官公庁、学校もあった。俺はこの記録に、どこか作為的なものを感じ、あんたの経歴をさらに遡って調べてみることにした」
アルバは追いつめるでも、勝ち誇るでもなく、淡々と話を進めた。
「そこでわかったんだな。俺とヘイリーがガキの頃近所に住んでいて、互いに家族ぐるみで付き合いのあった仲だったって。学生の頃の関係もそうだろ」
試すような、探るような目をしながら、ダニーはアルバに言った。
「同じ大学の、同じ法学系の学部に在籍していたことまではわかった。個人的にどの程度親しかったについては推測するしかなかったがな。ダニエル・オルブライトの生年月日、あの男の父親が不明であるという事実、そしてヘイリー・オルブライトが大学を中退して実家に戻った時期と、妊娠初期とが重なっている点に注目して、想像力を少し逞しくしただけだ」
「良い想像力だ。少しくらい論理の飛躍や予断があっても、まずストーリーを作る。大切なことだぞ」
まるで生徒を褒める教師のように、ダニーは笑みを浮かべながら言った。相手に自分の心を見透かされないためなのか、もしくは面白い相手に出会えた喜びから自然に出た振る舞いなのか、もうダニーにもわからなくなっていた。
アルバはそんなダニーの言葉に構うことなく、話を続けた。
「あんたとオルブライトは繋がっている。俺はその前提に立って事に当たった。あんたは今までも、オルブライトに情報機関の動きを知らせ、守ってきたようだな。今回はその総仕上げになる予定だったんだ」
そこで言葉を切り、アルバはダニーの方へ目を向けた。ダニーはそれに答えるように黙って視線を返した。
「あんたはオルブライトを守り抜きたかった。せめてCUCの党首を辞めさせ、新大陸へオルブライトを無事に送り出すまでは。そのために色々と裏工作をしていた。これが真相だと俺は推測している」
アルバの言葉に、ダニーは心なしか楽しそうな顔をしながら、まるで昔話の続きをせがむ子供のように、それで、と言った。
「オルブライトがCUCの代表を辞めれば、上り調子の党勢は一気に衰退する。あんたはそれを補填する軍資金を用立てることを条件に、オルブライトの党首辞任をCUC幹部に飲ませた。具体的な金策の方法は・・・」
「使わなくなったCIの武器を、外国のテロ組織へ売却する。そう睨んでるんだろ。当たりだよ」
ダニーは言葉の内容に似つかわしく無い穏やかな表情を浮かべながら、そう言った。ドノヴァンの表情が変わり、鋭い視線がダニーに向けられた。
だがアルバは、尋問に移ろうと身を乗り出したドノヴァンを手で制した。そしてダニーが自ら語るのを待つように、何も言わず腕を組んだ。
「CUCの幹部、特に年寄り連中は軒並みCIのメンバーだった奴らだ。あいつらは党勢の拡大には興味がないが、ダニーボーイを失って、このまま尻すぼみに党が弱体化するのも嫌らしい。老後の生活の基盤を失うからな」
CIの再結成だの、大きな事ができる奴らじゃないよと、ダニーは嘲笑するように言った。
「だから、とりあえず金をちらつかせれば落とせるって思ったんだ。秘密の倉庫に眠っている武器の処理にも困ってたみたいだし、あいつらにはまたとない申し出だったみたいだ。危ない橋は俺が渡って、金だけもらえるんだからな」
パブで酒を煽りながら語るような気安さで、ダニーは話を続けた。いつの間には、ドノヴァンの膝の上でレコーダーが作動していた。
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