第21話 Goodbye, Uncle Danny.
「こちらから話すことは以上だ。こっちの聞きたかったことも大方聞けた」
アルバはアクリル板へ顔を近づけ、そう言った。
「あぁ、それは良かった。こっちも満足だ」
そう言うと、ダニーは夕方の陽射しが差し込む小さな窓を見ながら、深いため息をついた。
「ダニーボーイは元気にしてるか。わかるならそれが知りたい」
水がこぼれ落ちるように、ダニーの口からそんな言葉が漏れた。
「オルブライトは父親であるお前を裏切って、俺たちに協力した。自分と家族の身の安全のためにだ。それについては何も思わないのか」
アルバの問い掛けが、沈んでいく太陽の名残を吸い込む狭い部屋の中で、微かに反響した。だがそこにすら、ダニーは何の感情も覗き見ることは出来なかった。
「俺が実の父親だなんて、あいつは知らないんだ。単なる昔の知り合いくらいに思ってるだろうよ。ダニーボーイは自分と家族の未来を守ればいい、それでいい」
段々と弱くなる陽射しの最後の輝きに、ダニーの顔がオレンジ色に照らされていた。
ふと、どこからともなく音楽が流れてきた。低く物悲しいチェロの音色とともに、どこか懐かしい旋律が刑務所を優しく包むように流れていく。
「毎日、夕方五時になると流れるんだ。ひどく物憂げで、悲しげで、それがいい」
相変わらず窓の方をじっと見つめながら、ダニーは言った。
古い音源を使っているのか、その曲は所々かすれた音を流しながら、それすらも味わい深く感じる魔法の時間を、無機質な白壁に囲まれた空間に与えた。
「『ロンドンデリーの唄』か・・・」
「『ダニーボーイ』って言ってくれ」
ダニーはアルバに向かってそう注文を付けた。一生分の仕事を終え人生の帰り仕度をする男の、安らかな笑顔とともに。
面会から程なく、ダニーがくも膜下出血でこの世を去ったと、ドノヴァンから連絡があった。脳内に動脈瘤があり、もういつ破裂してもおかしくない状況だったそうだ。
律儀にもアルバにこのことを伝えたヤードの警部補は、空港まで見送りに行こうかと提案してきたが、アルバは断った。お互いに仕事が終わればそれきりが良いだろうと言い添えて。
この街を去る日に、アルバは適当なパブに立ち寄った。古き良きブリタニカのパブの内装を受け継ぎながら、随所にセルツランドの伝統を垣間見せる中々の店だった。
立ち飲みのカウンターに突くと、アルバは1パイントのスタウトを注文した。ふと、すぐ側のステージと思しき場所に、一人の老人が使い込まれたチェロと一緒に現れた。
礼儀正しく客たちに挨拶をし、椅子に腰掛けた老人と、アルバは目が合った。
「お客さん、初めてですね。リクエストがあればどうぞ、答えますよ」
愛想よくそう言ったチェロ奏者に、アルバは言った。
「『ダニーボーイ』を頼む」
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