第13話 第二撃
アルバとの通話を終えたダニーは、すぐさまオルブライトへ電話を掛けた。
「おい、SNSに写真を上げるなんて危ない事をするな。殺し屋に狙われてるって自覚はあるのか?」
無意識に語気が荒くなる。電話の向こうで、オルブライトは一言、二言謝っていたが、先程の慌てふためいた様子とは違って、どこか緩みを感じるような呑気な声だった。
「今日のところは、お前を追いかけてそこまで行くつもりはなさそうだが、次からはわからんぞ」
ダニーは釘を刺すようにオルブライトに言った。アルバはすぐに引き上げるようなことを言っていたが、念のため夜まで帰らない方が良いだろうと思い、そのこともオルブライトに伝えた。
今日のところは躱す事ができたが、これからどう対処していくか。まさか永遠に情報機関やあの殺し屋から逃げ続けるわけにもいかないだろう。そうダニーは思った。
(焦っても良くないが、多少前倒しに進めなきゃならないな)
ダニーはぼんやりとした灯りの浮かぶ半地下の部屋で、椅子に腰掛けて思考を巡らせた。この頃は専ら家の中に閉じこもってばかりで、パブにも行けていない。
(全部が終わったら、死ぬまで通ってやるからな)
【ケットシー】の看板を頭に浮かべながら、ダニーはそんなことを思った。それからテーブルの上に置いたメモを手に取ると、書きかけのページに目を通した。
そこに書かれていたのは、ダニエル・オルブライトを国外に避難させる計画だった。
オルブライトは前々から、会社の拠点を新大陸へ移す計画があることをダニーに話していた。CUCの代表も辞任するつもりでいるようだった。
ダニーは一も二も無く賛成した。一時期に比べ緩くなったとは言え、ブリタニカ情報機関のオルブライトへの監視は、ダニーを通じてまだ続けられていた。
オルブライトが政治団体を辞め、北セルツランドからも出ていけば、それすらも無くなるだろうと踏んだダニーは、オルブライトに協力し、積極的にその計画を進めさせた。
だが今更になって情報機関がオルブライトの命を狙い始めた。計画はある程度煮詰まってきたし、半ば亡命のようにもなるが、今が実行する良いタイミングなのかもしれない。
外国に逃げ、政治団体の代表も辞めてしまえば、ブリタニカ国内でのオルブライトの影響力は低下する。そうなれば、情報機関も手を出す理由が無くなるだろう。
情報機関の内情を知るダニーとしては、やや甘い目算のようにも思えたが、現時点で取りうる最もベターな作戦であることにかわりはない。
(問題はいつ、それを実行するかだ。新大陸での仕事や住処は問題ないとして、CUC代表の辞任も根回し済みだし、ブリタニカに残したパートナーとお腹の子の安全の確保もどうにかなりそうだ。あとは・・・)
解決すべき課題を頭の中で挙げて生きながら、ダニーは終始その思考の隅に姿をのぞかせる、あの殺し屋の姿に不安を掻き立てられていた。
(今回のこと、うまく誤魔化せたとは思うが・・・)
根拠の無い不安を打ち消すように、ダニーはオルブライトのスケジュールを確認した。残り一、二週間の間でケリをつけたい。
(いっそ、あの殺し屋の目をダニーボーイから俺の方へ向けるか・・・。ただ俺の話を信用しなくなるのもまずいな。計画が進めづらくなる)
さてどうしたものか。スケジュールに目を通しながら、ダニーはオルブライトを逃がすための最後の作戦を練り始めた。
オルブライトの会社は、北セルツランドの州都であるベルフォートの中心街に鎮座するオフィスビルの一角にあった。
一等地のオフィスビルの最上階を含む2フロアを所有するこのコンサルティング会社は、文字通りブリタニカを代表するグローバル企業に相応しい威勢を見せつけていた。
オルブライトは結婚してから、専ら在宅での仕事が増え、対面での会議や商談以外では出社しなくなっていたと、アルバはダニーから話を聞いていた。
ところが、パートナーが妊娠を機に半年ほど前にブリタニカ本島の実家に戻ってからは、家に一人でいることが耐えられないとやたらに会社に来るようになったらしい。
今日も朝の八時過ぎには、既にオフィスの中にオルブライトの姿があった。清掃員に扮してオフィスの構造やセキュリティを確認していたアルバは、オルブライトが神経質そうに辺りを見回しながら社長室へ入っていくのを見かけた。
ダニーからの連絡では、正午から顧客とのランチミーティングが入っているため、十一時頃には会社を出るらしい。
オルブライトは普段から自分の車で出勤や移動をしているから、駐車場で待ち伏せしていればいずれ現れるはずだとダニーは言っていた。
前回のような完全なプライベートタイムではなく、今回は相手との約束に基づく予定だ。こちらの予測できない動きをすることはまずないだろう。ダニーはそう推測し、アルバも納得した。
アルバはビルの地下駐車場にあるエレベーター横のベンチで、オルブライトを待つことにしたが、その間に彼の乗る車を観察することにした。
今回こそは仕留めなければならないが、万が一仕損じた場合、ターゲットの車を覚えておいて損はない。
早い時間から駐車場を張っていたお陰で、アルバはオルブライトが駐車場へ入ってくるのを確認することが出来たし、車をどこに止めたのかもわかっていた。改めてその場所に向かうと、そこには朝見た黒のSUVが停められていた。
厳つい風貌の車だったが、グローバル企業のCEOが乗るには些か大衆的というか、安っぽく見えた。
車にはこだわらないタイプなのかと思いながら、車体を一周するように観察したアルバは、ふと、リアウィンドウの右下辺りに貼られた、レンタカー会社のロゴ入りステッカーに気づいた。
(自分の車じゃないのか?)
ダニーからは、オルブライトは自分の車を所有していると聞いていた。不審に思いながら、アルバはもう一度そのレンタカーを観察した。
外から見た限りでは、四、五人程度が乗れる一般的なSUVだった。運転席はレンタカーらしく当人の私物等が一切なかった。これでは有益な情報は得られそうにない。
そして後部座席はスモークガラスが異様に濃く、アルバは周りに注意を払いながら、どうにか中を確認することが出来た。
(大きめのボストンバッグが一つ、荷台にはキャリーケースか・・・)
念のためナンバーは控えておいたが、レンタカーなのだからあまり意味は無いかもしれない。
一通り見終わってから、アルバはその場を後にした。それからしばらくベンチでオルブライトの登場を待っていたが、側にあるエレベーターはおろか、向かいにある階段からもオルブライトは現れなかった。
そうしているうちに、予定の時間から五分近く過ぎた。不審に思ったアルバは、不意に何かを思いついたように立ち上がると、階段を駆け上がり一階のエントランスに出た。
すると目の前に見える表玄関の向こう側に、今まさにタクシーに乗り込もうとする体格の良い男性の背中が見えた。
乗り込むその瞬間にちらりと見えた横顔は、紛れもなくダニエル・オルブライトだった。アルバは後を追おうとしたが、彼を乗せたタクシーは瞬く間に目の前から消えていった。
オルブライトが去った後のビルの表玄関で、アルバはタクシーの走っていった方を何も言わず見つめていた。
通りの斜め向かいにあるカフ ェから出てきた客も、猛スピードで走り去ったタクシーに驚いているようだった。カフェの窓に自分の姿がはっきり映っているのを見たアルバは、それが気に入らず建物の中へ戻った。
(自家用車じゃなくタクシーか。いや、そもそも自家用車ですらなかったな・・・)
スマートフォンを手に取ったアルバは、ある相手へ電話を掛けた 。
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