第14話 最後のミッション
オルブライトから、何事もなく1日の予定を終えることが出来たと、朝早くにダニーのもとへ連絡があった。
ダニーのアドバイスどおり自動車ではなくタクシーを使ったおかげで、警戒していた殺し屋と遭遇することはなかったと、安堵した様子でオルブライトは言っていた。
「そいつはよかった。だがまだ気を抜くなよ、新大陸へ移る準備は大方整ったし、後は実行に移すだけだが、どこで誰に見られてるかわかったもんじゃない」
ダニーはアルバの顔を頭に浮かべながら、少し厳しい声でオルブライトにそう言った。
二度も誤った情報を渡したことで、アルバがダニーに対して不信感を抱いていることは容易に想像出来た。
アルバとオルブライトのニアミスは偶然とはいえ、それで済ませてもらえるほど甘い相手ではない。
(次で最後だ。ここであの男が俺の言葉をどこまで信じてくれるか・・・)
ダニーはもう一度オルブライトのスケジュールを確認した。在宅での仕事が今日、そして一日飛んで明後日となっている。
(手荷物は全てレンタカーの中に入れたままにしてあるから、その気になればいつでも逃げることは出来る。航空券は今日と明日の分をとりあえず予約済みだし、すぐに高飛びすることも、様子を見ることもできる)
計画の青写真を頭に描きながら、ダニーは拭えない不安を落ち着けるため、コーヒーに口を付けた。だが、すっかり冷めきったコーヒーは苦いばかりで、彼の心の癒しにはならなかった。
その時だった。テーブルに置いたままにしていたスマートフォンが、ふいに身体を振るわせ始めた。
その振動に嫌な予感を覚えたダニーは、恐る恐るそれを手に取った。思ったとおり、ディスプレイにはあの殺し屋の番号が表示されていた。
ダニーは覚悟を決めて電話に出たが、通話状態になっても電話の相手はしばらく沈黙したままだった。
「どうした、そっちから電話してきたのに黙り込んで」
こちらの感情を悟られないよう、いつも通りの軽い調子でダニーは語りかけた。
『あいつは車を使わなかったぞ』
背筋を凍らすような冷たい声が帰って来た。
「結果的に間違った情報を伝えたのは申し訳ないと思ってるさ。まさかわざわざタクシー を使うなんて、予想もしてなかったんだよ」
アルバに自分の言葉を信じさせるため、ダニーは出来る限り素直に非を認めつつ、あくまで偶然だったと弁明した。
『予想もしていなかったか・・・』
不信感を隠そうともしない口調で、アルバはそう言った。
「信じられないかもしれないが、本当だよ。それに最初にも言ったが、俺はあいつのおおまかな予定を把握しているだけだ。当日になってイレギュラーな行動をとられても、そこまでは責任を持てないさ」
誤魔化そうという気持ちが強すぎたせいか、ダニーは些か多弁になってしまったような気がした。余計に怪しまれてはいないかと不安を覚えながら、アルバが喋るのを待った。
『・・・まぁ良いだろう。筋は通っている。それに残念ながら、オルブライトと直接やり取りのできる関係者は今のところあんたしかいない』
完全に信用したわけではなさそうだが、アルバはとりあえず矛を収めてくれたようだ。
『オルブライトの直近のスケジュールを、わかっている範囲で教えろ』
アルバは命令口調でそう尋ねて来た。
「今日と明後日は在宅勤務だよ。休みってわけじゃないから、途中でどこかに出掛けるなんてことも無いと思うが、完全に責任は持てんよ」
ダニーは言い訳めいた口調でそう言いつつ、内心でどうにか狙い通りに事が運びそうだと安堵していた。
『そういうことなら、今から始末を付けに行く』
電話口で、アルバが表情のない声でそう言った。
「今からって、今すぐにか?」
アルバの言葉に、ダニーは不覚にも焦った声でそう聞き返した。
『そうだ。家の場所は既に把握している。今すぐに家に向かって、早々にカタをつける』
ダニーの焦りに気が付いていないのか、アルバは淡々とそう言った。
『何か問題があるか?』
「いや、そういうわけじゃないが、急だな」
逸る気持ちを抑え込みながら、努めて落ち着いた口調でダニーは言った。
『情報機関もあまり悠長に待っていられないそうだ。理由は知らないし興味もない。俺は依頼されたとおりの仕事をするだけだ』
きっぱりとした口調でそう言うと、もう切るぞとアルバは告げた。
「なぁ、ちょっと待ってくれ」
通話を終えようとするアルバを、ダニーは慌てて制止した。
『どうした』
乾いた声が電話の向こうから聞こえた。
「なぁ、今はどこにいるんだ。もうダニーボーイの家の近くか?」
『それを言う必要があるか?』
アルバはそう言い放つと、電話を切った。通話が切れたことを示す無機質な音を遠くに聞きながら、ダニーは急ぎオルブライトに連絡をとらなければと思った。
「そうだ、今すぐにだ。今すぐに家を出て空港に向かえ。チケットはもう渡してあるだろ。とにかく家を出るときには周りに注意しろ。誰にもつけられていないように気を付けるんだ」
いつになく慌てた口調のダニーに、電話の向こうのオルブライトはどこかたじろいでいるようだった。だがそんなことは構わず、ダニーは言葉を続けた。
「お前を狙っている殺し屋がもう近くにいるかもしれない。背の高い、灰色の髪の男がいたら注意しろ。もし尾行されそうになったら、俺に連絡するんだ、いいな」
捲し立てるようにそう言ったダニーに、オルブライトは引き気味にわかった、わかったと繰り返した。
オルブライトが今すぐ空港に向かうと言うのを確認したダニーは、とにかく用心するようにとさらに釘を刺し、電話を切った。
(まだ近くに辿り着いてはいないだろうな?頼む、近くにはいないでくれ)
祈るように組み重ねた両手を額に押し付け、ダニーは強くそう願った。
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