第5話 勧誘

 ダニーに近づいてきた男は、名前をダン・ローハンと言った。あのパブの主人の息子で、失業して実家である店に舞い戻ってきたそうだ。そして思った通り、CIのメンバーでもあった。


「あんたみたいに、不当な理由で仕事を失った若者を救済するのがCIの役目だからな」


 ダンは裏路地の寂れたパブにダニーを誘うと、そんなふうにうそぶいた。


「CIって、爆弾テロなんかをする奴らだろ?ブリタニカ派の連中が制裁されるのはスカッとするけど、俺はそういう危ない仕事は・・・」


 敢えて躊躇う素振りを見せながら、ダニーは相手の出方をうかがった。


「大丈夫、危ないことは上の方がやってくれる。下っ端は言われたことをやってれば、ちゃんと金は貰えるって」


 金に困ってんだろ?ダンはダニーの顔を覗き込みながら、どこか挑発するようにそう言った。


「そりゃ、まぁね」


 言葉尻を濁しながら、ダニーはもう少し相手からCIの情報を引き出せないかと頭を巡らせた。だが、ダンはせっかちな性格なのか、イライラした様子でこう言った。


「迷うんならいいや、この話は無しで。あんた以外にも困ってる奴はたくさんいるからな」


 話を切り上げられそうになり、ダニーは慌ててダンを引き留めた。


「嫌って言ってるんじゃないよ。わかった、俺をCIに入れてくれよ」


 ダニー出来るだけ困惑した表情を作り、ダンのジャケットの袖を掴んだ。


「OK、わかった。悪かったな、俺も気が短くて。じゃ、俺の方から話を通しておくから、三日後にここに来てくれ」


 ダンはにやりと笑ってそういうと、気前よく二人分のビールの会計を済ませて、店を出て行った。


 ダニーはもう少しCI内部の情報をダンから引き出したかったし、彼が本当にCIの人間であるという確証を掴みたかったが、そこは諦めざるを得なかった。


(三日後か、ことが上手く運べばいいが)


 ダンが自分を騙している可能性も念頭に置きながら、ダニーはとりあえず指定された日が来るのを待つことにした。もしダンの話がウソで、彼が自分に金をせびったり脅したりしてくるようなら、適当に返り討ちにすればいい。


 そんなダニーの心に残った懸念は、幸いというべきか、杞憂に終わった。三日後にダンは約束どおり路地裏のパブにいた。


 そしてその隣には、CIの人間だというダニーより背の高い大柄な男がいた。男はダニーを一瞥すると、軽蔑するような眼差しのまま溜息をついた。


「うだつの上がらない見た目をしてるな。こっちの幸運まで逃げそうだ。お前、名前は?」


 相貌を裏切らない太く低い声で、男はダニーに尋ねた。


「ダニーです。ダニエル・フランクリンです」


 怯えている風を装いながら、ダニーは答えた。男はダニーの名前を知ると、それだけで必要なことは聞いたと言わんばかりにダンの方へ目をやった。


「今度はもうちょっと強そうな見た目の奴を連れてこい」


 そう言って、男は自分の前に置かれた1パイントのビールを一気に飲み干した。


「街にいる若い奴なんて、今はみんなこんな感じですよ。仕事失くして、食うや食わずですから」


 卑屈な顔でそう言ったダンの目の前に、男はドンと音を立ててジョッキを置いた。驚いて肩を震わすダンを横目に、男は値踏みするような視線を再びダニーの方へ向けた。


「体格はまずまずだな。いいか、CIのために少しでも役に立つ気があるなら、置いてやる。ただし、言われたことをきちんと出来ない奴は放り出す。警察にちくるようなら消す。それだけ覚えておけ」


 そう言い捨てると、男は肩をいからせながら店を出て行った。


(CIのため、か。セルツランド派や民族のためとは言わないんだな)


 店の外に消えた男の広い背中を思い出しながら、ダニーはふとそんなことを考えた。


「良かったな、これであんたもCIの仲間だ」


 ダンがそう言って、形ばかりの握手を求めて来た。


「そうか、あれはOKってことで良いんだな」


 握手に応じながら、ダニーはまずCI潜入の第一段階に成功したことに安堵した。もう少し内部の情報を仕入れてからにしたかったが、それはこれからの仕事にしておこうと、気を引き締めた。

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