第4話 作戦
人の賑わいも落ち着きを見せてきたレストランで、ビアンカはただ辛いだけのアラビアータを持て余していた。
さっきまで抱いていたアルバへの燃え盛るような復讐心が、いつのまにか尻すぼみに小さくなっていた。
その代わりに、皿とロビーノとの間で視線を行き来させながら、いつの間にか自分よりも前のめりに事をすすめようとしているロビーノに、心の隅で戸惑いを覚えていた。
「第一段階は成功だな。まぁ、このあとアルバがどう出てくるかはわからないが、どのみち適当な人間を始末して、依頼を遂行したと言ってくるだろうな」
ロビーノはそう言いながら、ビアンカの方へずいと顔を近づけた。
「どれくらいでやれると言ってきた?」
「探し出すのに時間がかかるから、全て終わるまで2週間は見て欲しいって」
俯き加減にビアンカは答えた。ロビーノは少し驚いたような顔をして、確かにそう言っていたのかとビアンカに尋ねた。
「カプランはもう無くなってるし、組織の人間も離散してるから、見つけて始末するまでこれくらいは必要だって話をされた」
「その程度の期間でやれるって言って来たのか。早くに決着がつくのなら、それに越したことはないが。まぁこれが本当の殺しの依頼でも、あいつならそれくらいでやっちまうかもな」
ロビーノは満足そうに椅子に背中を預けてそう言った。
「ねぇ、ロビーノはあの男とは知り合いなの?」
ビアンカはアラビアータを完食することを諦め、フォークを皿の上に倒すと、ロビーノに向かってそう尋ねた。
「なんだって?」
ロビーノは驚いた顔でそう聞き返してきた。
「いや、あいつならそれくらいの期間で、とか言ってたから、前から知ってたのかなって・・・」
ビアンカの問いかけに、ロビーノは気まずそうな顔で天を仰いだあと、ビアンカの方へ顔を近づけ、まるで周りに聞かれるのを怖れているかのように小さな声でしゃべり始めた。
「他の人間には言わないで欲しいんだが、まぁ俺も顧問弁護団には入っていなかったが、多少なりともカプランとは関わりがあった。やばめの仕事に携わったのも一度や二度じゃない。だからあの手の裏稼業の奴らについても少しは知ってるんだよ。さすがに、一緒に仕事をしたことはないけどな」
ロビーノはそう言うと、手元にあったワイングラスを掴み、一気に空にした。
「特にアルバの噂はよく聞いた。カプランでその類いの仕事に従事してた奴らの間でも、あいつは本当の死神だって言われていたよ。いや、まぁそんなことはどうでもいい。2週間程度ってことなら、思っていたより時間は短いぞ」
そう言うと、ロビーノは空になった自分の皿を脇に避け、身を乗り出すようにそこに両肘を置いた。
「次にアルバと会うのは、きっと依頼を遂行した時だ。そのために段取りを復習しよう。いいか、あいつは今報酬を現金でしか受け取らない、この間の前金の時もそうだったろ?」
ロビーノはビアンカの目を覗き込むようにしながら、確かめるようにそう言った。
ビアンカが静かに頷いたのを確認すると、ロビーノはよしよしと頷きながら話を続けた。
「成功報酬は前金の7、8倍は用意しておいた方がいい。今度はそれなりの大きさのケースが必要になるから、用意しておけよ。もちろん現金もだ」
ロビーノの視線が一層強くビアンカに注がれた。
「結構な額になるね。引き下ろすのも何回かに分けてじゃないと。あと、ケースは旅行用のキャリーケースみたいのでもいい?前金用にそっちがくれたアタッシュケース、なんだか目立つから」
ビアンカはどこか戸惑いを隠せない様子でそう尋ねた。
「ああ、いいさ。目立たないのは大切なことだ」
ロビーノは返答もそこそこに、自分の話を続けた。
「大事なのはここからだ。奴の潜伏場所に着いたら、まずはしっかりと金を見せろ。ローテーブルの上にケースを置いて、アルバの方に向けてケースを開くんだ。奴は現金が本物かどうかを確かめようとするだろう。そうやってあいつが金に目を奪われている間に」
ロビーノは手で拳銃を作ると、それをビアンカの顔に向けた。
「渡した拳銃で奴の頭を撃ち抜け、それで完了だ」
どこか満足そうな顔を浮かべ、ロビーノは言った。ビアンカはそんな彼を醒めた目で見ながら、そんなに上手くいくだろうかという疑いの気持ちを抱かずにはいられなかった。
ロビーノはビアンカの様子を気にすることもなく、伝票を手に取り立ち上がった。
「アルバから連絡が来た時には、必ず俺にも知らせてくれ。あいつは用心深いから、残念ながら俺がその場に立ち会うことは出来ないが、出来る限りサポートはする。大丈夫だ。強い気持ちを持っていれば、やれるさ」
そんな言葉を残して、ロビーノは去って行った。残されたビアンカもこれ以上ここにいる理由もなかったので、席を立った。
ロビーノの作戦はあまりに安直で素人じみている。最初にその流れを聞いた時から、薄々わかってはいたけれど、アルバに直接会ってそれが確信に変わった。
どんな作戦を立てようと、素人があの男を出し抜ける筈がない。
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