第14話 土の国 副神官ウガヤの思惑

土の国の平民であるウガヤが、この国の神殿で副官の地位には就いたのは、神殿長の無能を隠す為と、国政と神殿の癒着を隠す為。

そして平民雇用政策の為である。

彼女は一級治癒師とはいかないまでも、使える種類が多いのと、多くは無い魔力を補う知識力を蓄えている。


その能力と勤勉さを活かしてくれた、出身の街の司祭は今でも頭が上がらない。

けれどウガヤは日々の忙しさと、仕事の理不尽さに苛立ちを覚えていた。

そうした苛立ちを自覚すれば、自身の待遇が徐々に悪くなっている事に気が付いた。


(この国の貴族神官は、平民の神官を許せないらしい…)


早々に国を見限り、冒険者として他国に渡るのも悪くないな…なんて算段を立てている頃、彼女の元に王宮への招集が下った。


突然訪れた招きに、訳も分からず着の身着のまま呼び出さた。

そして広い玉座の間で控えていると、耳を疑う話を持ち出された。


「魔王復活のご神託が下り、我が国は第一王子であるアルス殿下を派遣す。その補佐として副神官を命ずる」


一体、何の咎を受けて職を辞するのかと思いきや、魔王の討伐に向かえと言う。

つまり突然新たな職に就けと言われたのである。


「かしこまりまして」


混乱する思考をよそに、ウガヤの慣れた口が意を持たず、いつも通りの言葉を吐き出した。




*****




ウガヤが謁見の間から退出すると、少し話があると告げられ、広くは無い客室へ案内された。

それでも案内された部屋の、妙な品の良さに少し嫌な予感がした。


そしてウガヤの嫌な予感は当たり、そこに現れたのはこの国の第一王子であるアルスであった。


「殿下におかれましては…」

「別に良いよ、楽にして」


王子にソファーに座るように言われれば、従う他は無い。

ウガヤ大人しく従い、言われるままに席についた。

気が付けば、大勢いた護衛は消え、ウガヤとアルスの二人だけが部屋に居た。

護衛の者のみならず、従者も給仕をするものも外に出たようだ。


「悪いけど、ウガヤ殿の事は少し調べた」


そう言われれば、いや、何を言われても何も言えない。

そこでウガヤはようやく、視線をアルス王子へ向け、尊顔を初めて見る事が出来た。


アルス第一王子…。

話には聞いたが、彼は王と正妃に間に生まれた一人目の男子である。

年はまだ12歳。印象は噂通りで、少々なあどけなさが残り、実年齢よりも幼く見える。


ところが…である。

ここは争いの無い平時の王宮内の一室である。しかも狭い室内にいるのはウガヤのみ。

それなのに小さな王子は簡易のプレートメイルだろうか。服の隙間からくすんだ金属製の鎧のようなものを、左腕と左足に着けているのが見えた。


(一体なぜそんな鎧を?)


王子の姿に不信感を抱いたのを見透かされたようだ。

アルスは自分の姿について語り出した。


「まぁ…魔王の討伐に向かう仲間になるし、隠し立てても意味が無さそうだよねぇ。僕の半身は、機能が無いに等しいらしいよ」


王子の柔らかな声とは似つかわしくない、衝撃的な内容に声がつまるウガヤ。

それでも自分は腐っても副神官。気になるのは、王子の身体で健康である。


「…治癒は間に合わなかったのでしょうか?」

「それ以上は聞かない方がウガヤ殿の為になるかなぁ。僕も言いたくは無いなぁ」

「…」

「とは言っても、仕組みは見せてもいいかなぁ」


まるで自慢をする子供の様に、得意になって左手のプレートを剥がす。

けれどそんな自慢するには程遠いものがプレートの下にはあった。


「っ…」


ウガヤが目にしたのは、どす黒く変色した腕らしき肉である。


「形はそのままを成しているけどねぇ。蝕まれて動かないんだ。あ、因みにこのプレートは私の土魔法で出来ているよ。魔力で動かしてるから、肉体以上に便利なんだ」

「⁉」

「あはっ、驚くよねぇ。そんな魔力なんて、普通は持ち得ないよね?きっと生死を彷徨ったからだねぇ」


無邪気に振る舞うアルスの姿を見て、逆に恐ろしさが募るウガヤ。


「おや?義母上の推薦だから…と思ったけど…なるほどねぇ」


王子の舐めるような視線に冷や汗が止まらず、自然に体が小刻みに震えるウガヤ。

止めようにも止まらないのは、徐々に心が冷えて来たからだ。


「ウガヤ殿、年は30だったよね」

「さ、左様でございます」

「子供は?」

「…伴侶もおりません」

「じゃ、一人?」

「左様でございますっ」


何とか噛まずに自分を褒めたい。

そんな事を考えるウガヤだったが、不意に何故こんなことを聞くのかと疑問に思った。

王子は自分の事は調べたと言った。ならばこの程度の事は知っているはず…?


「別に嘘じゃないみたしだし、良かったぁ」

「…?」

「もう、嘘つきとは付き合いきれないからねぇ」


ウガヤに向かってニヤリと笑みを携えるその姿は、とても12歳の少年には見えなかった。ウガヤは先ほどから震えが止まらない。


「つ、つまり私は疑われていた…と」

「ウガヤ殿が、神官の愛人、若しくはぁ、人質を取られた母親とか。

あはっ、ごめんねぇ。僕もさぁ、疑うのが仕事みたい所があるからさぁ」

「…」

「ま、別にだからと言って、どちらでも良いんだけどねぇ」


キッパリと言い切るあどけなさの残る少年に、魔王は本当に復活したのかも知れないと確信するウガヤ。


「あ、僕は人間だよ~?一応人間同士の間に生まれたからねぇ、まぁ半身は蝕まれているけどぉ」


あはっ!といって嬉しそうに笑うアルス王子。


「まぁ、仲良く魔王でも倒しにいこうねぇ」

「か、かしこまりまして…」




*****




神殿に戻り、自分の部屋へ帰ったウガヤは、昼間の緊張が一気に解けた勢いで、ベッドに倒れ込んだ。


初めて会った第一王子のアルスの印象は「魔王」そのものだった。

あんな精巧な土魔法の鎧なぞ、見た事も無い。それにそれを維持したまま動かすなど、人の業とは思えない。

彼はもしかして魔王では無いかと、疑うのも仕方があるまい。


だからその力を持って、魔王の討伐に任命されたとて、全くおかしくは無い。

だがしかし…。


彼は蝕まれていると言った。これが本当なら、呪い子である。

となると…彼は本当に12歳なのだろうか…。

そしてこの国は彼を次期の王にするつもりなのか…。


そう考えた時、自分がなぜ震えが止まらなかったのかを知った。

国民の中での彼は、あどけなさの残る幼い王子である。

だから魔王討伐を理由に国から彼を出して、アルスの継承をうやむやにする算段があるかも知れない…と。


しかし、彼の本性は魔王のように賢く、力がある。

ウガヤに素性を見せたのは、脅しでもあり、自分が使える人物に足るか、どうかを試したのだ。


恐らくウガヤは上司である神殿長の命のままに、彼と同行する際の様子を伝える義務が課せられるだろう。

それを見据えてアルスは自分の力を少し見せて、それにウガヤが気付くかどうか試したのだとしたら。


そうだ、きっとあの恐ろしい魔力の使い方も、彼にすればほんの力の一端なのだ。

そしてその力に気付いたとしたら、どっちに付くのだ?と聞いてきたのだ。


体の震えが止まらないのは、魔王のような恐ろしさを携える小さな王子から、自分が逃れられない事実を悟ったからだ。

そしていつの間にか、自分が王位継承の渦に巻き込まれていたからでる。


平民のウガヤの命は軽い…。

もしかして王子もそう思っているのだろうか?


いや、違う。

王子は少なくとも私に子がいるかを尋ねた。

だから、人は自分以外の者の命で動かす事が出来る事を知っているのだ。


(つまり、彼は人の命の重さを知っている…?)


魔王討伐で命を落とすのは仕方の無い事だとしても、国の、ましてや王族の跡継ぎ問題に巻き込まれるのだけは勘弁願いたい。


ならば私が付く方は…。


この日、ウガヤは観念した。

私の命を握っているのは、あのあどけなく笑う魔王のような王子様なのだと。


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