第13話 火の国 第一皇女リスティアーゼの思惑

火の国の皇族の住まう宮殿の端に、第一皇女リスティアーゼの住まいがある。

彼女は王位継承権第三位ではあるが、実際は先帝の子供であり、今の帝はリスティアーゼの叔父であり義父にあたる。


では何故彼女は今でも皇女なのか?と言うと、それは彼女の資質が大きいからである。

と言うのも、彼女は皇族の血筋のみが使える「炎の魔法」の使い手なのだ。



ここで、この国の魔法の事を少し記しておく。


文字通り、「火の魔法」とはものを燃やす魔法である。


自然界には土も水も、空気も存在している。当然存在しているのだから干渉するのは容易い。

治癒魔法も干渉系の魔法ではあるが、その干渉の複雑さから希少という意味なので、仕組みとしては火よりも下位の魔法にあたる。


火は現象である。

現象を起こすには、その仕組みを完全に理解しなければならない。

だからこの火の魔法は、我や知の育たない動物や子供には扱えない。


そして「炎の魔法」は火よりも上位の魔法で、四大魔法の中では最も大きな力があるとされている。

この国の火の魔法の本質は「発熱」であり、さらにその上をいく「炎の魔法」本質は「発火現象の継続性と対象範囲の大きさ」である。


そして現在の帝、第一皇子と第二王子、並びに便宜上第二皇女にあたる実子の長女に「炎の魔法」と呼べるものを使えるものは居ない。


今の帝がリスティアーゼを娘として継承権を認めた一番の理由は、今の皇族に火の国の皇族たる資質が無い事を民衆へごまかす為である。




*****




第一皇女リスティアーゼは、自身の近衛騎士であるゴズが執務室に戻るのを認めると、席で書類を片付けたまま彼に告げた。


「網によると、風の国のノトスが動いたようだ」


リスティアーゼの言う「網」とは、この国の軍部の諜報部の事である。


「お前には済まないが、暫く付き合ってもらわねばならん」


リスティアーゼはゴズへ見向きもせず、自分の作業を進める。


「…言いにくい時は、いつもお顔を見せてくれない」


ゴズはため息を吐いた。

そんな彼のため息に、リスティアーゼのペンを持つ手の動きが止まる。


「すまないと思っているが、どうにもならない」

「…この国で武の長けた皇族など、リスティアーゼ様以外に、おりませんからね…」

「まぁ、そう言うな。義理でも私にとっては可愛い弟なのだ」

「左様で…」


リスティアーゼが目で要求すると、ゴズはそのまま隣の部屋へ行った。

目の前の書類を確認し、いくつかの要望に許可の印を認めると、それを「採決済み」と書かれた箱の中に入れ、リスティアーゼは席を立った。


ゴズがお茶を抱えて部屋に戻るそのタイミングを計ったかのように、リスティアーゼは応接用のソファーにどかりと座る。

その向かいにゴズも座り、二人でお茶をのんだ。


「あぁ、旨い」

「旨くはないと思いますが」

「ノトスが動いたとなると、もう旨いお茶は飲めぬかも知れんのだ」

「本格的に魔界領へ行くのは2年程後との話ですが…」


飲んでいたカップをテーブルへ戻し、腕を組み思案にくれるリスティアーゼ。


「悪くはない…。悪くはないなぁ…」

「と言いますと…?」

「…時間…が必要かもしれん」

「時間ですか…?」

「王族の時間稼ぎなど、簒奪以外にあるまい」


リスティアーゼの言い分のゴスの肩が揺れる。

全く自分の主人はいつも突拍子もない事を事もなげに言い切る。

ゴスの戸惑いなど気にしない主人は、再びお茶を口する。


「あぁ、なぁ」


リスティアーゼは動かない表情のまま、口元だけをほんの少し緩める。


「…」


長年主人に付き添ったゴズは知っている。

この表情をした主人は、何かの企みが浮かんだ時だ…。一体何を思いついたのかと、ゴスは身構える。


「アシュを私の後にぞ」

「アシュをですか…?彼は武には長けておられませんが…」

「あはは、と言う意味だ」

「?」


実質という事は、実では無い方は傀儡になると言う事である。


「恐らく帝国軍の長である私がこの国から出れば、就くのはどちらかの皇子だ。どっちになるかは知らんし、どちらでもよい。だからお目付け役にアシュを

「…」


つまり自分の義弟を傀儡に祭り上げるらしい。

リスティアーゼの真意をゴスは図る事は出来ない。ただ言われるままに従うだけだ。


と、その時、コン、コンと扉を叩く音と共に聞き慣れた声が聞こえた。


「アシュです。お呼びでしょうか」


リスティアーゼが目で合図を送ると、ゴズは席を立ち、アシュを迎えに扉を開けた。


「少し話があってな」

「左様でございますか」

「ゴズ、外してくれ」


リスティアーゼに促されて、今まで座っていた場所にアシュを座らせるゴス。

ゴスは軽く主人へ一礼すると、アシュと入れ替わるように部屋から出て行った。

彼は扉を閉じて廊下側で待機する。


「ま、どうせ聞いておるだろうが…」


リスティアーゼはドアの方へ向かい小さく笑みを零すと、目の前に座るアシュに話を切り出した。


「分かってるかも知れないが、後任の国軍大将の補佐は、お前にする」

「…」

「見張っとけよ」

「かしこまりまして」


アシュもゴスと同様に長年彼女と共に居る。

突拍子もない話に、動揺が少ないのは単に彼の性格であり個性である。


それとな…と言ってジャケットの内側から手紙を出すリスティアーゼ。


「これを私が、読んでくれ」

「…」

「遺言だ」

「⁉」

「と、言うのはまぁ冗談で…」


いくらリスティアーゼの突拍子もない話に慣れているとは言え、こんな話は聞き流せなし、冗談では済まされない。


「っ…幼馴染のよしみで怒りませんが、幼馴染のよしみで怒っております」

「あっはっはっは、それは悪い。おい、ゴズ!!」


これで話も終わりだと、リスティアーゼがゴズを呼ぶ。

やれやれという感じでアシュがため息を付くと、ゴズが部屋に戻ってきた。

それを見てアシュも席を立つ。


2人がリスティアーゼを見る中、彼女は口を開いた。


「先帝の一つ前の帝は、私の祖母だ」


ハッと、2人の息を呑む声がする。


「ならば、こちらも、やつらに便乗しよう」


リスティアーゼは、二人の顔を見ずにそう告げた。

ゴスとアシュは互いに顔を見合わせて、ごくりと言葉を飲み込んだ。

彼女は一体何を考えているのかと。


それでもあらぬ方へ思惑を向けるのも仕方が無い。

彼女は祖母は帝だと言った。

それはつまり、自分もその地位を望めば容易いのだと、言ってのけたのだ。




*****




その日の夜。

リスティアーゼはベッドの上で狭い天蓋を見ながら思案にくれていた。


ノトスは第二王子で、継承権の持たない兄がいたな…と。

ノトスより随分と年上と聞いたが「まだ王子」というのもきな臭い。


昼間はさも第一王子が簒奪をするように匂わせたが…おそらくノトスを魔王の討伐に行かせたくない時間稼ぎの方が正解かも知れん。

まぁ普通の国ならそうだな…。


そうなると…魔族領に近い風の国が魔王討伐に積極的でない?とも見れる。

ならば魔王の存在そのものも随分ときな臭いな。


「ふむ。我々はどちらにせよ、他人の意で動かされておるようだ…」


ならば…私も便乗させてもらおうでは無いか。


リスティアーゼは自分が討伐隊に推挙されたのは、名誉の戦死を望まれているのだと気付いていた。

望まない有力な後継者を消し去りたい者が、魔王復活を利用している。

リスティアーゼが魔王に討たれたのなら仕方が無いとする為にだ。

ならば、それをこちらが利用してやるのだ。


しかしそれは決して簒奪では無い。リスティアーゼに野望は無い。

このまま他国へ出るつもりである。

死した事にして、そのまま自由な身になるつもりだった。

もしこんな事を自分の腹心に言おうものなら大反対を受けるだろう。

それに彼らは腹心以上に友である。


余計な心配をリスティアーゼはさせたくなかった。だから自身の簒奪を匂わせたのだ。

魔王の討伐にも自分は此処に戻って来るのだと、信じさせるには、それしか良い嘘が思いつかなかったのだ。

心苦しい嘘も、大きな嘘を隠す為には仕方が無い。

リスティアーゼは自分の心を自分にも偽っているのだ。


リスティアーゼはそんな自分の浅ましさを思考の隅へ追いやり、この国の行く末を考える。


(恐らくだが、土の国も我が国と同じではないだろうか?第一王子の推挙など、普通に考えれば狂気の沙汰だ)


リスティアーゼは静かに目を閉じた。

どの国も魔王に居て貰わないと困るらしい。

それに魔王が居ないのなら、勇者も居ないはず。

そうなると、風の国の聖女とやらは随分と都合の良い存在だ…。


明日からも忙しくなりそうだ…。

リスティアーゼはそう自分に言い聞かせて、眠りについたのだった。



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