思惑

第11話 風の国 第二王子ノトスの思惑

クロエが夜の挨拶を告げ、部屋から出て行くのを見送ると、ノトスは体中の力が抜けたようにソファに沈んだ。


「クロエ嬢はよく見ているとは思ったが…まいったな。本当にズレてばかりだ」


ノトスは愚痴のような言葉を吐いて低い、あてがわれた客間の天井を仰いだ。




*****




魔王復活の神託が降りた。

その当初、ノトスは魔王の討伐メンバーでは無かった。


当然だが王位の継承権を持つ人間を放り出す国なんて居ない…と思っていたら、自国の風の国以外の各国は早々に王子やら皇女やらを差し出した。


すると自国もそれに習う必要がある。

そこで名乗り出たのは、実の兄であるエウロス第一王子だ。

彼は自らが「私が行く」と言い出したのだ。


エウロスの言い分はこうだ。

これはエウロスとノトス兄弟に起きた、悲しい過去の出来事に起因するのだが、兄が既に王位の継承を放棄していたから、自分が行っても国に損益が起きないからだと告げた。


けれどエウロスの提案は認められず、国はノトスを討伐のメンバーに推したのだ。

すると兄エウロスは表面上はそれに従いながらも、早々に代案を見い出し、その代案を弟のノトスにだけに告げたのだ。


「取りあえず、魔王討伐を利用する事にした」


ぶっ飛んだ兄エウロスの提案に、ノトスは一瞬時間が止まった。


「当たり前だろう。お前が王位を継がないで誰が継ぐ」


驚き固まるノトスに兄は強く言い聞かせる様に伝える。


「私に継承権が無いのは知っているだろ?」

「…」

「伴侶も居なければ、子も居ない」

「…」


兄の言い分は全くその通りで、ノトスは兄の言葉の話に何も言い返す事が出来ない。


「だが、そうだな…2年、2年後には私は王位についているはずだ」

「は?」

「猶予が要る…その為に他の…」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


話の展開の早さにノトスが悲鳴を上げると、エウロスはいつもの柔らかな眼差しでノトスの言葉を待つ。


「どういう事ですか?」

「だから、さっさとお前に王位を継いでもらう算段じゃないか」

「何故ですか?」

「前も言ったが、私はからだ。だから、必ずお前に生きて帰国してもらわないといけない。他の人間がどうなってもな」


兄の言葉の意味は、例え外国の王子であっても、ノトス以外の生存はどうでも良いという発言であった。


「まぁ、出来れば討伐メンバーの中に伴侶が居れば、有益な後ろ盾として頼もしいが」

「私の伴侶は貴族のご令嬢では足りないと?」


それは他国の姫を娶れと言わんばかりだ。


「出来れば伝承の勇者のように伴侶を連れ帰って欲しいかな。その方が民の印象が良い。それにこれからは、貴族の勢力争いの為に王位は絡ません方が良い」

「…」

「お前に好いた女が居るなら、どうにでもしてやろう」


少し意地悪そうな笑みをするエウロス。

兄は弟の事情をよく理解しているのに、そんな事を冗談で言うのだ。


「居ませんよ…」


ノトスは兄を睨み返す。


「そう言うな…」

「お互い様じゃないんですか」


ほんの少し寂しさを交えた兄エウロスに苦笑いで返すノトス。


「悲しいな、我が弟よ」


そう言ってポンポンとノトスの頭を撫でるエウロスの顔は、母の死を告げに来たあの日と顔と同をしているように見えた。




*****




ノトスは兄の持ちかけた提案に乗るつもりでいる。

兄が望むのなら、自分は早々に王位に継ぐべきだろうと思っていたし、兄の言う事なら間違いないと確信していたからである。


それにノトスが心から信頼の出来る肉親は兄だけであり、エウロスの心から愛する肉親は弟のノトスだけだから…と言うのもある。


そんな兄の提案を強固にするために、ノトスも魔王討伐を利用する事にした。


魔王討伐を利用する…とは、これはノトスもエウロスもそうなのだが、魔王の復活はあり得ないとの確信があったからだ。

根拠はクロエの推測と同じ。

最も魔界と近い風の国の国内で大きな変化が無いからである。


ならば魔王を討伐をしたことにすれば良い。

どうせ誰も魔王を見たことは無いし、証拠を出した所で証明のしようが無い。

魔王討伐を美談とすれば、国民自体が大きな後ろ盾にもなる。


その上、ノトスは新たな後ろ盾を見つける事が出来た。

もちろんクロエだ。

聖女と言われる(この場合、でっち上げでも何でも良かったのだが)女性を伴侶にすれば、間違いなく大きな後ろ盾となる。


それに自分の師であるマルコフの押す少女なら、どんな女性よりも安全だ。

もし癒しの力が使えると言うなら、自分を護るのに丁度良い。

しかも田舎の平民の少女だ。

少し良い顔をすればいいように扱えるだろうと踏んでいた。


なのに、だ。


クロエは全く靡かない。

地方領主の倅のガキに、懸想されているのが障害となっているのかと思えば、クロエは事も無くその気持ちを躱す。

そう躱すのだ。

しかも彼女は何の意も介せず。

その上で相手の考えを読み、慮る優しさもある。


計画が進まない、思うように進まないとノトスは振り返る。

しかも、進まぬ内に自分の思いも予定からどんどんとズレていく。


見た事もない地方領主の倅に。

癒しを受けたと言う訓練兵に。

彼女に関わる神官どもに。

そしてクロエ自身に。


ノトスは次第にいら立ちを覚えていた。

そんな自分のいら立ちを自覚すればするほど、ノトスは焦った。


「はぁ…」


大きなため息を吐いた後、ノトスはクロエを膝に抱いた馬車での出来事を思い出す。


自分の腕の中で眠る、柔らかくて温かな生き物。

無防備に寝息を立てる一人の少女の事を。


ノトスは今までの自分を思い出す。


幼い日に毒殺されかけた恐怖から、人との関りに一定の距離を取っていた。

それは実母に裏切られた日でもある。

そこからだ。ノトスも兄のエウロスも、女性そのものに嫌悪の思いを抱いている。


ノトスは自分の中に産まれた焦りを感じれば感じる程、あの凪いだ時間に焦がれる。

もう一度、いや何度でもいつまでも味わってみたいと、自覚のないままに願っていた。



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