(6)
廊下での立ち話もなんだから、とザカリエルに誘導されるまま歩くと、接待用の食堂に到着する。
白いテーブルクロスがかけられたテーブルに、ナイフやフォーク、ナプキンが完璧にセットされ、薔薇まで飾られているのを見て、アレクサンダーは嫌な予感がした。
その予感通り、ザカリエルが問うて来る。
「昼飯は食ったか?」
「これから街で摂るつもりです」
「じゃあ食って行け。準備してたんだ」
ザカリエルのにこやかな笑みにアレクサンダーは頬をひくつかせ、しかしやんわりと言った。
「いえ、何かとお忙しいザカリエル様の貴重なお時間を、私などに割かせる訳には参りません。またの機会に……」
「そんな寂しいことを言うなら、王族権限を活用して『命令』しちゃうぞ」
「………………」
真顔から飛び出した台詞に、アレクサンダーは凝固する。
実のところ、『執行人』であるアレクサンダーは、政治面においてイレギュラーな存在だ。『殿下』であろうと命令出来るかどうかは微妙だったが、実際された場合に反発したら、各所から厳しい目が向けられるのは確かである。
面倒ごとは好きではないので、ここは従うのが得策と見て、アレクサンダーはアオイとマツリに問うた。
「構わないか?」
「折角のお誘いだから、構わないよ」
「大丈夫」
口々に了承が投げられたが、相手は殿下とあって表情は強張っている。一度辞退したのは、この手の緊張をさせながらの食事をさせたくなかったのもある。
しかし、またとない機会であることも確かで、異世界人の彼女達に強力なコネを作ることが出来るチャンスと考え直した。
アレクサンダーは軽く息を吐き、ザカリエルに向き直る。
「お誘いをお受けします」
「おう。あと、敬語は禁止な。ザックと呼べよ」
「………………」
アレクサンダーがどんよりとした顔をしたのを見て、アオイとマツリが何かを理解した顔をした。
テーブルに着いてザカリエルが合図をすると、豪勢な食事が次々と運ばれて来る。
「どんどん食べてくれ。アレックスの好きなジャムとクリームたっぷりのパンケーキも、デザートに用意したから」
「………………」
アレクサンダーが唇を引き結ぶと、正面のアオイが目を瞬かせた。
「そういえばアレックスって、甘いもの結構好きだよね」
「そうなんだ。意外……って言うとなんだけど」
アオイの隣のマツリも驚き、そしてアオイと目配せをしてから笑みを浮かべ、身を乗り出す。
「じゃあ、ケーキのバイキングとかも誘えるね。その内行こうよ」
「そうだな」
アレクサンダーがこれには頷くと、上座のザカリエルも声を上げた。マツリに対して。
「その時は、俺も誘ってくれると光栄だな」
「ベンがストレスで寝込む。勘弁してくれ」
歯を光らせて気障っぽく言うザカリエルに、アレクサンダーは渋面になる。『命令』通りの口調には頬を緩ませつつ、しかし反論して来る。
「何年王族やってると思ってる? お忍びの外出くらいお手のもんだ」
「尚更だ」
アレクサンダーが低い声を出すと、ザカリエルは笑いながらフォークとナイフを手にする。
「マナーは気にしないでくれ。犬食いしない限りは何とも思わない」
そう言いながら前菜を大口で食べ始めるザカリエルに、アオイとマツリは頬を緩めた。
食事を終えるとザカリエルの私室に移動し、ザカリエルはアオイとマツリはソファセットで寛ぐように言ってから、アレクサンダーをテラスに誘う。
アオイとマツリが紅茶を飲む姿をガラス越しに眺めながら、テラスの柵に凭れると、ザカリエルが本題に入った。
「お前がダウンしてる間に、あちこち飛び回って出来る限りの時間稼ぎはしておいたが……そろそろまたやり合う覚悟をしておいた方が良い」
「時間稼ぎ?」
言われているのは例の『罪人』との再戦のことと理解したが、気になる部分があったので眉を顰めると、ザカリエルはテラスから一望出来る庭園を眺めるふりをして、目の端でアレクサンダーを捉えた。
「近隣諸国を行脚して、我が国の『執行人』が生きるか死ぬかの境目だと、涙ながらに触れ回った。例の魔法士の耳に届いていれば、少なくとも『死ぬのを待つ』選択をするだろうと思ってな」
「逆に、弱ってる俺にとどめを刺そうと、特攻して来たかもしれんぞ」
「そこはそれ、その場合は俺が全力で守ったよ。倒すことは出来んがな」
アレクサンダーの堅い声に、ザカリエルは手を軽く振る。
しかし、危険な嘘であったことは変わりない。なので、問うた。
「他にも思惑があったんだろう。正直に言え」
身を乗り出すと、ザカリエルはにやりと笑った。
「良い機会だから、近隣諸国の出方を見て、敵味方を見極めようと思ってな。この国だけでなく、この世界に『執行人』はお前一人だ。お前の動向、生死を世界中が気にしている」
「まさかそんな……」
言いすぎだ、と返そうとしたが、紫の瞳に制された。
ザカリエルは笑みを深め、お手上げのように両手を挙げて、肩を竦める。
「聞けよ。その気にさえなれば、各国の国王の許しの元で召喚獣を喚んで、第二第三の『執行人』を作ることは不可能じゃない。魔術士よりも安定した魔法を操り、召喚獣の制御が出来る存在。こんな美味い話を、『罪人』討伐の目的だけに留めておく理由がどこにある?」
「……俺が『罪人』を討伐する理由と同じ、召喚獣をこちらに喚ぶリスクが大きいからだろう」
「そうだ」
アレクサンダーの苦々しげな顔に、ザカリエルが手を降ろし、指先を弾いて音を立てた。
「道具のように扱われる一方で、召喚獣はとかく神聖視されやすい。国によっては、召喚獣を神の如く崇める宗教もあるくらいだ。何故か。異なる次元に住まう、人知を超えた力を持つ未知の生命体。操ることが可能、召喚術が上手く行く、という前提からして無意味」
言って、ザカリエルは人差し指をアレクサンダーに向ける。
「で……その成功例がお前、という訳だ」
「とどのつまり、俺は実験体であり、観察対象か」
「言い方は悪いが、そうだな」
俺はそう思ってないが、と言い添えられたが、それで気が晴れる訳もない。しかし、恨み言を言っても仕方がないので、アレクサンダーは先を促した。腕を組み、嘆息しながら。
「それで、敵味方をどう判断する?」
「この国にとっての、お前の重要性は説明した。そのお前が生きるか死ぬかという窮地に立たされているとなれば、諸外国は何を気にすると思う?」
「『執行人』の後任」
「惜しいな」
ザカリエルにあっさりと首を振られ、アレクサンダーは唸りながら米神を搔く。
その様子を見てザカリエルは小さく笑い、しかし言い辛いであろうことをあっさりと言った。
「
「アンフィスバエナの争奪戦か」
「もっと言えば、お前の死体の取り合いだ。モテる男は羨ましいな」
ザカリエルが歯を見せて笑い、逆にアレクサンダーは目を伏せる。
彼の意図は分かっている。アレクサンダーに、自分の立ち位置を自覚させたかったのだろう。アオイには以前、アレクサンダーの生死は最重要事項となっていると伝えたが、あれは意味合いが違う。
『執行人』になって以降、それなりに重圧を背負いながら生きて来たが、今になって更に重いものを負わされてしまった。
アレクサンダーの様子を楽し気に眺めているザカリエルに、怨嗟の声を上げそうになってしまったが、耐えた。
「だからお前と会うのは嫌だったんだ」
「誉め言葉だと思っておく」
アレクサンダーの精一杯の嫌味に、ザカリエルは声を上げて笑った。
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