(5)


 店を出て馬車に乗ったのだが、富裕層エリアでも目立ったようで、馬車に乗り込むまでアオイとマツリは通りすがりの一般人に注視され、居心地が悪そうだった。礼装だと流石にアレクサンダーも『執行人』だとわかるので、あからさまに嫌な視線は投げられなかったが。

 無事馬車に乗って視線を遮る場所に落ち着くと、アオイとマツリが揃って安堵の息を吐く。とはいえ、マツリはそんなに悪い気はしなかったようで、むしろアオイの方が人の目を恐れている感がある。

「アオイ、大丈夫か?」

 一人分のの問題もあるので、アオイとマツリの二人には並んで座ってもらい、アレクサンダーはその正面に陣取っている。アレクサンダーがアオイを覗うと、彼女は肩を窄めて眼鏡にそっと触れた。

「お店で少し言われたんだけど、眼鏡、外した方が良いのかな」

「ああ……」

 確かに、アオイの眼鏡は実用重視の見栄えを度外視したものだ。装飾の意味合いが重い礼装のドレスと合わせるには、不釣り合いではある。店主が指摘をしても仕方のないことではあるが。

「外しても支障はないのか?」

 アレクサンダーが問うと、アオイは僅かに唇を尖らせる。

「歩くだけなら問題はないけど、視界はぼやけるかな」

「じゃあ、そのままが良いな。慣れない靴を履いている時に補助道具を外して、転びでもしたら大変だ」

 アレクサンダーがあっさりと言うと、アオイは「えっ」と顔を上げる。

「構わないの? それで」

「アオイの身の安全が優先だろう」

 これもあっさりとアレクサンダーが言うと、アオイは小さく呻いて頬を染めて目を伏せてから、小さく頷いた。その様子を見て、マツリが両手で口元を覆いつつ、身を震わせる。

「マツリ? 気分でも悪いのか?」

「大丈夫だからそっとしておいて……私今、萌えるのに忙しいの……」

「?」

 意味が分からず首を傾げてしまったが、説明は一切されなかった。


 王城に到着すると、例によって門番の騎士に一旦止められたが、名乗れば普通に通過出来る。

 城内に入ると、ベネディクトが待ち構えていたので既知感を感じたが、ベネディクトはそうではないらしい。アレクサンダー見て、次にマツリを見て、更にその次にアオイを見て、硬直したからだ。

「ア、アオイ? あれ?」

「ベン、その話は後だ。案内を」

 面倒臭いことになりそうだったので、ベネディクトを促して先導させる。ベネディクトは不満そうではあったが、陛下を待たせるよりは小さな問題だと判断し、不承不承歩き出した。

 ほどなく華美な両扉の前に到着すると、ベネディクトが控えている騎士に合図をして扉を開けさせる。

 アレクサンダーを先頭にして、アオイ・マツリともに踏み入ると、赤絨毯が敷かれている先の最奥に、玉座よりは簡素な椅子が見えた。そこに座る国王陛下の姿も。彼の背後には、甲冑を身に着けた近衛騎士と、『通訳』が控えていた。

 ゆっくりと絨毯の中央を歩き、陛下から一定の距離を保った場所で立ち止まる。そして、踵を揃えて背筋を伸ばしてから、頭を下げた。

 背後のアオイとマツリもカーテシー式の挨拶をした気配を感じつつ、はっきりとした声で告げる。

「オズワルド=グシオン・エメライト陛下。『執行人』アレクサンダー=ダクマルガ・ヴォルフ、ここに馳せ参じました」

「うむ」

 小さな声が聞こえてから、しばし待つ。

「………………」

 待って、三十秒ほど経過しただろうか。一向に動きがないので、背後の二人から戸惑いをひしひしと感じたが、微動だにせず待つ。

 そっと通訳が動き、陛下の傍に片膝を着いて何かを囁いた。そして、陛下の口元に耳を寄せ、うんうんと頷く。

 それから彼は立ち上がり、きっぱりとした声を上げた。

「負った傷も癒えたようで安心した。今後も精進するように、とのことだ」

「………………。身に余る光栄でございます。より一層の尽力を我が名に誓います」

「よし。下がれ」

「はい」

 嘆息が漏れそうになるのを我慢し、回れ右をする。そして来た道を戻って行くと、アオイとマツリもそそくさと続いた。二人とも、汗を流しつつ。


「……今の時間、なんだったの?」

「こう言っちゃなんだけど……意味あったの?」

 背後で扉が閉まるなり、アオイとマツリに口々に言われた。ある意味不敬なのだが、気持ちはよく分かったので、アレクサンダーは歩き出しながら指先で眉間を揉む。誰かに説明させたかったが、案内役のベネディクトは用は済んだので既にいない。

「陛下はご高齢ということもあって、既に第一線からは引いた身だ。それでも、体裁の為にこうするしかない時もある。無駄な儀式のように見えると思うが、まあ……老体に鞭打って頑張っておられるんだ。温かい目で見守ってやってくれ」

 アレクサンダーの表情に苦悩を見たのか、アオイとマツリに肩を軽く叩かれる。

 そのまま外へ出るべく歩いて行ったところで、マツリがふと疑問を発した。

「あれ? でも……アレックスは国王陛下は国を守り云々……って言ってたよね。なんか聞いてた話と大分違うね」

「だね。やけに嫌がってたけど、そこまでかな? って感じ」

 マツリにアオイも頷いたので、説明しようとしたところで。

「アレ――ックス!」

 遠くから呼ばれて、思わず顔を顰める。そしてその表情をなんとか無に変えて、声の発信源に顔を向けた。

「まさかとは思うが、俺に会わずに帰るつもりじゃなかろうな!?」

 大声をあげながら、大股で突進するように歩み寄って来たのは、アレクサンダーに負けず劣らずの体躯を備えた、大柄な男だ。

 ただし黒ずくめのアレクサンダーとは対照的に彼は白ずくめで、上下が白を基調とした礼装に、鮮やかな青のマントを羽織っている。彼の長い髪は輝く白金プラチナブロンド、瞳はアメジストを思わせる紫、そして細面だが女性的ではなく、どこか伊達男めいた空気を纏っていた。

「ザカリエル様……」

 アレクサンダーが口元をひくつかせて名を呼ぶと、ザカリエルはアレクサンダーの横に立ってバンバンと背中を叩いて来た。かなりの力だ。

 ちなみに、アオイとマツリは正体不明の恐れを感じたのか、標的であるアレクサンダーから離れるように、揃って数歩後退している。

 だがそれで見逃されるはずもなく、ザカリエルは彼女達に視線を移動させると、歯を見せて笑う。

「アレックスの伴侶として召喚されたのは、君達か。二人いると聞いていたが、なかなかどうして美しいお嬢さん方だな。一人は側室か?」

「ザカリエル様!!」

 顎を撫でるザカリエルに尖った声を発すると、ザカリエルは今度はアレクサンダーに笑う。

「冗談だ。堅物のお前に、愛人を迎える甲斐性がある訳もない」

 と言うザカリエルに、アレクサンダーは続けた。視線を鋭くし、肩を怒らせて。

「冗談には聞こえません。お戯れはお控え下さい。彼女達にも失礼です」

「あー、それもそうだ。すまん」

 アレクサンダーが本気で怒る気配を感じたのか、ザカリエルはアオイとマツリに向き直り、片手を腹に当てて軽く身を折った。

「……大変失礼した。あなた方のあまりの眩さに、冷静ではいられなかったようだ。非礼をお許し下さい」

 それでもどこか軽さが残る謝罪だったが、馬鹿にしている訳ではないと見たのか、アオイとマツリは肩から力を抜いた。

 ザカリエルは上体を起こすと、改めて自己紹介する。

「俺はザカリエル=グシオン・エメライト。召喚獣『獣王ベヒーモス』との盟約を継ぐ魔術士だ。俺を『殿下』と呼ぶ者もいるが、出来れば『ザック』と呼んでくれ」

 言って、また歯を見せて笑った。



 

 

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