(3)
教会を出ると、思ったよりも時間が経っていたので、そのままアオイとマツリがいる店に戻ると、既に服を選び終わった後らしく、引っ張り出されていた礼装やドレスの類は全て片付けられていた。
「良いのはあったか?」
「ばっちり!」
アレクサンダーの問いに、マツリが親指を立てて満面の笑みで答える。その姿だけで、何となく元気が出た気がした。
「アオイは? 気に入ったのが見つかったか?」
「あ……うん」
アオイにも問うたが、こちらはマツリとは対照的に、アレクサンダーから目を逸らして愛想笑いをする。何か変な遠慮でもしたのかと、アレクサンダーが小首を傾げたが、マツリがアオイに抱き着いて揺さぶった。
「私がついてたんだからご心配なく! 今見せちゃうと明日の楽しみが減るから、今は内緒ね!!」
「そ、そうか……?」
確かにマツリならば、妥協は許さないような気がする。
今からサイズ直しにてんてこ舞いとなるので、持って帰ることは流石に出来ない。明日になったらこの店に集合し、直し終わった服に着替えて王城へ向かうこととなった。
店主や店員総出で見送られながら店を出ると、もう空は暗くなり始めており、今から館に帰るとかなり遅い時間だ。それを見越して、レイモンドには夕食は食べて帰ると言付けてあるので、アレクサンダーはマツリに言った。
「俺達は適当な店で食事をするんだが、マツリもどうだ? 予定があるなら女子寮まで送るが」
「一緒に食べる! アオイ君と何か食べるのも久しぶりだし」
アレクサンダーの誘いにマツリは諸手を挙げて賛成し、文字通りその場で飛び跳ねる。
「どこか良いお店あるの? 女子寮で仲良くなった子がいるから、一緒に行けるようなところだと嬉しいな」
「じゃあ、バイキング形式のところが良いか。マナーを気にせず、気を張らずに好きなものを食べられる店だ。俺もベンに教えられた場所なんだが、価格はそこそこで味も良い」
「そこがいい!」
アレクサンダーが笑いながら言うと、マツリは拳を握ってぶんぶんと振った。
そう歩かずに目的の店に入ると、席を確保してからそれぞれ皿を持ち、好きな料理を盛って席に戻る。
飲み物も用意して食べ始めたのだが、アオイがアレクサンダーの顔を覗うようにして問うて来た。
「アレックス、何かあったのか?」
「えっ。……いや、何でもない」
即座に真顔で返したのだが、
「アレックスって嘘下手だよね」
「だよね」
と、アオイとマツリはこそこそと頷き合う。
それには汗を流しつつも苦笑して、全てではないが話すことにする。
「さっき店の外に出ている間に、召喚獣について聞きたいことがあったから、猊下に会って来た。召喚術を行った方だから、覚えてるだろうが」
言うと、すぐに思い出したらしく、二人は揃って「ああ……」という顔をする。その表情を見るに、あまり良い印象は持っていないようだ。
それにも思わず笑ってから、一応言っておいた。
「猊下はお年を召されていることもあって堅い面があるが、数少ない召喚術士であり、この国では最も召喚獣について考えているお方と言っても過言じゃない。俺が『執行人』になってからも、あれこれと気遣ってくれた。あまり悪く思わないでくれ」
「アレックスがそこまで言うなら……」
「凄い人っぽいけど、召喚術の失敗って今まで何度もあったの?」
複雑そうな顔をしつつも頷くアオイとは対照的に、マツリは痛い所を突っ込んで来る。確かに
「そんなに失敗が多かったら、もっと噂で聞いているはずだ。恐らくは、あれが初めてだったんだろう」
言ってから、ふと――召喚術の失敗は、アレクサンダーが召喚獣と契約した『執行人』だったから起きたのだろうか? と思った。召喚術に詳しくないので、これといった原因は分からないが、偶然ではないだろう。
一旦会話が途切れたので、白身魚のムニエルにナイフを入れて一切れ口に入れる。美味なのだが、グラスに注いだ炭酸水では少し物足りなく思い、アオイたちに聞いてみる。
「もし飲めるならワインを持って来るが、どうだ?」
「少しなら」
「私も、少しなら大丈夫」
二人が口々に頷いたので、アレクサンダーは口元を緩めて立ち上がった。
談笑しながらの楽しい食事を終えると、マツリを女子寮まで送りがてら、明日の約束の確認をして別れ、預けてあった馬にアオイと二人で乗る。
アレクサンダーはアルコールに慣れているから何ともないが、アオイは薄暗い中でもはっきりと分かるほどに顔が赤くなっていたので、気分が悪くならないよう、ゆっくりと馬を歩かせた。
「大丈夫か?」
「うん……。風が気持ち良い」
嘘ではないようで、アオイは笑いながら目を閉じ、アレクサンダーの胸に背を預けて来る。
それからしばらくは無言でいたのだが、街を抜けて門を潜り、更に住宅街を通り過ぎてからまた門を潜り、館が近付いた辺りでアオイがぽつりと言った。
「あの店の人……僕が男か女か迷ってたね」
「……ああ」
気付いていたのか、と少し驚いたが、アオイからすれば慣れたことなのだと悟る。この世界に来る前から、幾度となく目にして来た光景、感じて来た空気なのだろう。今更何かを思うこともないくらいに。
言うべき言葉もなくアレクサンダーが無言でいると、アオイがそっと言って来た。
「前に僕が怪我した時……その後かな。ベネディクトさんとマツリちゃんが僕を見ても、すぐには僕だってわからなかったことがあっただろ?」
「ああ、あれは長い間会っていなかったから……」
「違うよ」
アレクサンダーの声を遮り、アオイが続けた。
「僕の体質の所為。僕が好意を持った相手によって、身体が少しずつ変わるんだ」
「変わる?」
アオイの身体の件は『病気』だと聞いていたが、予想外のことを告げられ、少なからず混乱する。
だが、そんなアレクサンダーにはおかまいなしに、アオイは訥々と言った。
「女の人に好意を持ったら男の身体に近付いて、男の人だったら女の身体に近付く。完全にどちらかになることはないけど、男性ホルモンと女性ホルモンの分泌量が変化することによって、バランスが崩れる。……これが僕の病気の正体だよ」
「……『ホルモン』?」
聞き慣れない単語に首を傾げてしまったが、それでもアオイの説明は理解出来た。それに、マツリとベネディクトの反応が正しかったことも。
加えて、思っていたよりも、アオイの身体に関する問題が根深いことを察した。
マツリから想いの丈を告白されていたことは聞いたが、それを受けるのを躊躇う理由は、十二分にあったのだろう。少なくとも、アオイの中には。
それと、アレクサンダーにとって最も重要な情報があった。アオイが今女性にしか見えないのは、自惚れではなく、アレクサンダーに好意を持っているからだ。ベネディクトが相手とは思いたくない。
アオイが黙り込むと、遠くに館の灯りが見えて来る。アレクサンダーはその光を見つめながら、アオイに告げる。
「アオイ。君が元の世界に未練を持たないようになるくらい、受けて来た傷は深いんだろう。マツリも言っていたように、マツリだけじゃなく、俺もそれを完全に理解は出来ないと思う。分かりたいとは思っているが……」
「うん」
「だが、俺やマツリでは、アオイの救いにはならないか? アオイを助けたい……と思うのは烏滸がましいだろうが、俺やマツリでは……アオイの未練には成り得ないか?」
「…………」
「アオイ?」
返答がないので一旦馬の足を止め、アオイの顔を覗う。と、彼は――彼女は静かな寝息を立てていた。
その目尻から一粒だけ涙が零れたので、指先でそっと拭う。
アオイが落ちないように華奢な身に腕を回すと、アレクサンダーはまた馬の歩みを再開させた。
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