(2)
マツリへ伝令を送った際に、正装用の衣服を取り扱っている店の予約も指示していたので、アレクサンダーが二人を連れて店に入ると、店主と数名の店員に出迎えられた。
「急なことで済まない」
予約から間もない来店を詫びると、顔見知りの店主は笑顔で腰を折る。
「アレクサンダー様に来店頂けただけでも、最上級の歓びでございます。何なりとお申し付けくださいませ」
「国王陛下との謁見の際に着る正装が要る。仕立てる時間はないから、既存品のサイズを直して欲しい。俺ののではなく、この二人のだ」
言いながらアオイとマツリを視線で示すと、店主の目が輝いた。
アレクサンダーの分も勧められたが、間に合ってるので丁重に断ると、アレクサンダーはソファセットに誘導され、紅茶と茶菓子をそっと出された。
アオイとマツリはとりあえず店内の商品を眺めて行き、その中で気になったものがあれば引いてもらうという形で見繕っている。こういったことは不慣れということは伝えたので、礼を失しない礼装の選び方を店員が横に立って教えており、それをアレクサンダーは遠くから眺めていた。
と、そこに店主がやって来て、一礼をするとこそりと問うて来る。
「アレクサンダー様、失礼な質問だと承知の上でお聞きしたいのですが……」
「?」
小首を傾げてしまったが、店主がちらりとアオイに視線をやったので、察した。
「男性用と女性用のどちらを勧めるかを迷うかもしれないが、その辺りは本人の希望を尊重してやってくれ」
「畏まりました」
アレクサンダーが告げると、店主はにこりと笑って背筋を伸ばし、そしてアオイ達の元へときびきびと歩いて行った。
正直なところ、今のアオイは『男装している女性』にしか見えない。だから店主が戸惑うのも無理はないのだが、アオイの身体のことを知っているアレクサンダーからすると、『アオイには女性用の服が合っているから、そちらを着るように』などとはとても言えない。
とはいえ、それはあくまでアオイの立場に立った意見であって、アレクサンダー自身の願望を言うと、アオイには女性用の服装が合っていると思うし、着て欲しいとも思う。口が裂けても言わないが。
顔には出さずにジレンマに懊悩していると、マツリが突然身を翻してアレクサンダーの前に来、そして内緒話をするように顔を寄せて言って来る。
「ね、アレックス。これって二時間くらいあれば十分選べるよね?」
「サイズも測るが、必要なのは一着だけだからそれくらいだろうな」
「じゃあさ、ちょっとアレックスは二時間ちょっと店の外に出て、どこかぶらついててくれない?」
「?」
「お願い」
元の世界の仕草なのだろうが、両手を合わせて拝まれたので、アレクサンダーは頷いて腰を上げた。
「もし選べないくらい気に入ったものがあれば、遠慮せずそれも買ってくれ。金のことは気にするな」
一応そう言い置いて、アレクサンダーは店主にも言って店の外に出る。
腰に下げている懐中時計を見て、どう時間を潰そうかと思ったが、ふと思いついて歩き出した。
賑やかな場所から少し離れた場所にある、聖職者が一般市民へ向けて説教をする場として作られた、こじんまりとした教会に到着すると、アレクサンダーは通りがかった信徒に声をかけ、ルキウス・ツィアーノ枢機卿への謁見を頼む。
アレクサンダーの名を出すとすんなりと案内されたので、アレクサンダーは枢機卿の私室へと足を踏み入れた。窓際にいた枢機卿が、やんわりと問うて来る。
「どうされましたか? 『執行人』アレクサンダー」
「突然申し訳ありません」
奥に書き物机、壁際には本棚と多くの書籍で部屋のほとんどが埋まっている、意外に手狭な部屋だ。アレクサンダーの館の書庫を思い出したが、とまれ、用件を口にする。
「召喚術について、お聞きしたいことがあります」
「あなたの伴侶を喚ぶ為に行った召喚術でしょうか?」
「いいえ」
いつもと同じ柔和な笑みを返されるが、首を振る。
「
枢機卿の笑みが消え失せ、常に糸のように細められている瞼が僅かに開く。そこから見えた青い瞳に、あまり聞かれたくないことだったらしい、と悟った。
しかし、聞くしかないので問う。
「アンフィスバエナと波長の合う唯一の人間だと、私が『執行人』に選ばれました。ですが、私は召喚獣の力を最大限発揮出来ておりません。先日の敗走は、それ故起きたことだと思っております」
そこで一旦言葉を切るが、枢機卿は無言だ。それを促しだと判断し、続ける。
「猊下。アンフィスバエナと波長の合う人間は、私だけではないのではありませんか? そして、私以外の波長の合う誰かであれば、アンフィスバエナは全ての力を発揮出来るのではありませんか? ……お答え下さい」
口を閉じ、そこから後はただ枢機卿の言葉を待つ。彼は無表情でアレクサンダーを見返し、時計の針を刻む音だけが響いた。
その沈黙を破ったのは、枢機卿だ。
「『執行人』アレクサンダー。あなたが言う通り、アンフィスバエナと波長の合う人間は他にもいた」
「やはり……」
覚悟はしていたがショックを受け、拳を握って俯く。が、枢機卿が続けた台詞に、顔を上げた。
「ですが、召喚獣の力を如何なく発揮出来るかどうかは、波長が合うだけではわからないのです」
「え……」
枢機卿は窓の前から離れ、アレクサンダーの前へと歩み寄る。そして、白い両手でアレクサンダーの上腕にそっと触れた。
「アレクサンダー。召喚獣の魔法を我がものとして使う魔術士は、次元の異なる場所に住まう彼らを、道具のようにしか思っていない者も多い。だがあなたは、使役される為だけに喚ばれた召喚獣に、『ルタザール』と『ヘルミルダ』という二つの名を与えた。私は、アンフィスバエナの『器』として、あなた以外に最適な者がいたとは思えない」
「猊下……」
アレクサンダーが呻くように言うと、ゆっくりと手が離される。
「……召喚獣の強さは、この国の平和に繋がる。あなたは、だから必死になるのでしょう。ですが、もう今日はお帰りなさい。あなたには今、私以外の誰かとの語らいが必要なのです」
「………………」
遠回しにだが、これ以上は何を問われても答えない、と言われている。
アレクサンダーは俯き、それから頷いた。突然の訪問の非礼をもう一度詫び、そして退室する。
教会の外に出ると、既に空は赤く染まっていた。
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