第五章/顕現

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「ルタザール」

 剣を構えて召喚獣の名を呼ぶと、アレクサンダーの髪が朱に染まる。

 指先を剣の腹に添えて撫でるように移動させると、小さな魔法陣が複数、剣の上に現れた。それを確認してから構え直し、木製の人形に向き直る。

 長い息を吐いてから止め、一拍後に剣を振りかぶる。剣先が弧を描いて木偶の肩口に入り込んだ直後、魔法陣から炎が噴出し、人形を炭へと変えた。

「………………」

 目の前で崩れ落ちる炭の塊を見つめて、アレクサンダーは剣を引く。同時に、髪の色が黒へと戻った。その髪を雑に掻きながら舌打ちをしたところで、遠くから声が聞こえた。

「アレックス!」

 振り向くと、すっかりメイド服が馴染んでしまったアオイが、こちらへ駆けて来るところだった。

 膝下までの丈の黒のワンピースに、胸元には緋色のリボン、白のエプロンにヘッドドレスは、小柄なアオイが身に着けると大層似合う。というか可愛らしい。

「何かあったのか?」

 思わず緩んだ頬を見られないよう、汗を拭うふりで曖昧に口元を隠しつつ、目の前に来たアオイに問うと、彼は一通の封書を差し出して来た。

「レイさんが受け取って、急ぎだから持って行ってくれって」

「ああ……」

 受け取りながら、封蝋印の紋章を確認したのだが、今度は眉間に皺が寄り、口元が歪んだ。

「アレックス、今すっごい嫌そうな顔してるんだけど」

「ああ、うん……」

 即座に指摘され、やや頬を染めつつ自身の指で顔を揉む。そして、剣を鞘に納めて身を翻した。アオイを促して館の方へ歩き出すと、アオイがアレクサンダーの隣に並んだ。


 マツリの宣戦布告から二日経ち、回復具合の確認の意味で、館の裏庭で訓練をしていたところだ。

 今日も医師が来ることになっているが、治癒魔法の後遺症がないかどうかの確認程度なので、それさえ終わればアレクサンダーは戦線復帰となる。

「陛下からの召喚状だ。身体が良くなったなら顔を出せ……とか書いてあるんだろう、どうせ」

「陛下って……王様?」

「そうだな」

 言いながら、また表情が変わっていたらしい。葵が汗を流してアレクサンダーの顔を覗って来る。

「えっと、嫌いなの? その人」

「嫌いというか……会う度に面倒なことになるからな」

 アレクサンダーがもはや苦虫を噛み潰したような顔を隠さずに答えると、アオイが「ええ……」と呻いた。


 アオイが綺麗に掃除してくれたこともあるが、すっかり休憩所のようになってしまった書庫に行き、ソファに座って封書の中身を見ていると、アオイが紅茶とジャムの乗ったビスケットを盆に載せて持って来てくれる。二人分だったので、レイモンドが気を利かせたのだろう。

 アオイはアレクサンダーの正面に座り、紅茶に息を吹きかけて冷まし始めていたが、言う。

「アオイ、明日一緒に城に行って欲しい」

「へっ!?」

 アレクサンダーの台詞に、アオイが飛び上がりそうになってから、慌ててティーカップをテーブルに戻す。

「なんで僕まで!?」

「マツリも一緒だ。恐らく、俺の伴侶となる人間を召喚したということを知って、好奇心が刺激されたんじゃないか」

「こういう言い方もなんだけど、随分俗っぽい王様なんだね」

 半眼になったアオイに苦笑し、嘆息する。

「まあ……主題はあくまで、この間の討伐任務の報告だ。色々弄られることだろう。それはともかく、差し当たっての問題は……」

 言いながら自分も紅茶を飲み、ビスケットを齧る。それを飲み込んでから、アオイをじっと見た。視線に気付いたアオイが、身動ぎして頬を染める。何かを思い出したらしい。

「な、何?」

「急いで正装の準備だな」

「は?」

 アレクサンダーの台詞に、アオイがレンズの向こうの目を丸くした。


 マツリのいる見習い騎士女子寮に使者を出し、午後に待ち合わせという約束を取り付けると、昼食を摂ってから外出の準備を始めた。医師にも伝令で、急用が出来たので夕方に来るように、と伝える。

 アレクサンダーは髪を軽く編み、白のチュニックに刺繍の入った黒のベスト、ダークグレーのズボンに黒のロングブーツを合わせ、腰に剣を下げると玄関口でアオイを待った。

「お待たせー」

 ほどなくアオイが現れたが、以前町で買った服を身に着けている。白のブラウスに深い青のジャケット、黒のズボンに濃茶のロングブーツ。当然全て男性用だ。

 アレクサンダーがアオイをじっと見ると、アオイが小首を傾げた。

「なんかおかしい?」

「いや。……今のアオイを見て、異世界人だと気付く者はいないだろうな、と思っただけだ」

 アレクサンダーが目を細めて言うと、アオイはえへへ、と笑いながら頬を掻いた。

 例によって一頭の馬に二人で騎乗し、まずは茉莉のいる女子寮を目指す。前々から気になっていたのか、アオイが少し離れた場所を指して、アレクサンダーに問うて来た。

「あれ、あちこちで見るよね。何なの? 搬入口?」

「ああ……」

 王城を中心に、壁を貫く形で十字型に作られ、かつ石壁で囲まれた通路に、アレクサンダーは頷いた。

「基本は有事の際の通路だな。俺やベネディクトのように、王城から離れて暮らしている者が、最短距離で陛下の元へ駆けつけられるよう作られている。普段は誰も通られないように、魔法陣で封鎖されているから、俺でもめったに利用しない」

「へー……」

「場合によっては市民の避難にも使われるが、それ以外にもう一つ、重要な役割がある。これは重要機密だから、アオイにも教えられない」

「気になる……」

「アオイが近衛騎士か、召喚術士になれば教えられるぞ」

 呻くアオイに笑いながら言うと、軽く肘で小突かれた。


 そうやって益体のないやり取りをしながら走っていると、あっという間に富裕層のエリアに到着する。

 見習い騎士の女子寮に向かうと、既にマツリが待っていた。アオイと共に馬から降り、やや急いで歩み寄ると、軽く謝った。

「突然済まない」

「いいけどさ、びっくりしたよ。何でいきなり王様? 陛下? って人に会うことになってるの?」

 ポニーテールに黒のリボンを結び、落ち着いた赤のワンピースを身に着けたマツリが、腕組みをしながら眦を上げる。

 マツリの言葉の端々から更に遠慮が消えたようだが、それはそれで喜ばしいことなので、アレクサンダーはアオイにもした説明を繰り返した。

 そして、言い添える。

「俺の伴侶に興味があるんだろうが、前にも言った通り、結婚するつもりはないと公言してくれて構わない。それと、陛下はこの国一の魔術士だ。アオイもマツリも、何か知りたいことがあれば、この機会に聞くと良い」

「へー」

「なんか意外」

 目を瞠る二人に、アレクサンダーは頷く。彼らを促して街へ向けて歩き出しながら、説明した。

「この国での王族とは、国民を守る義務を負った一族を指す。まつりごとのみならず、魔術を含む武を守護する力とし、国を統べるのが国王陛下だ」

「なんか聞く限りじゃ凄い人っぽいけど、それでも苦手なのか?」

「えっ、嘘。アレックスにも苦手な人がいるの?」

 アオイの疑問にマツリが乗っかり、興味深そうに首を傾げるが。

「まあ……会えばわかる」

 アレクサンダーは言葉を濁した。


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