(2)


 怪我は治ったのだから、とアオイは寮の部屋に移されたのだが、次の日になってもアオイの意識は戻らなかった。

 体力回復の為の睡眠でもあるので、アレクサンダーはベネディクトにアオイの部屋の前にいるように頼み、女子寮のマツリを訪ねる。と、何があったかを知っている寮母は何も言わなくともマツリを呼んでくれた。

「アレックスさん!」

 今にも泣きそうな顔で出て来たマツリは、昨日気を取り戻してからアオイの状態を聞かされたらしい。真っ先にアレクサンダーにアオイの容態を問うて来る。

「怪我をしたって聞いて……それで、今は……?」

「命に別状はない。治癒魔術の効果は貧血には効かないから、数日安静にしておく必要はあるが……」

 マツリの不安を煽らないよう、なるべく柔らかく微笑んで言ったが、それでもマツリの顔は晴れない。

 今の状態についてだけでなく、アオイの負った傷、それに彼が感じたであろう苦痛の段階から案じているのだと分かる。

 ふと、彼女はアオイの身体について知っているのだろうか、と思った。それを問いたい衝動に駆られたが、どう聞けばいいのか、マツリが知らなかった場合とんでもないことになる、という結論にしかならなかったので、アレクサンダーは口を閉じた。

 とりあえず、アオイの意識が戻ったらまた報せること、話せる状態になったら特例としてマツリが見舞いに来れるように取り計らうことを約束すると、やっとマツリは笑みを見せた。

 顔色は悪く、やせ我慢も含まれているとわかっていたが、それでもアレクサンダーはほっとする。

 それからマツリは助けに来てくれたことへの礼を言って来たが、それに対しては自分が原因だから気に病むな、と言い添えた。


 寮に帰ると、見張りのベネディクトに礼を言ったのだが。

「アオイが寝ている室内じゃ駄目だったのか? 見張り。意識が戻った時に、すぐ気付けるだろうし」

「俺以外は、廊下での見張りにしてくれ。決して俺の許可なしに入らないよう、通達を」

 唇を尖らせるベネディクトにそう言うと、彼は碧眼を瞬かせた。

 アオイに事情があると悟られただろうか、と内心ひやりとしていると、ベネディクトは沈痛な面持ちで腕組みをし、頷いた。

「責任を感じてるんだな……わかるよ。まあ、好きなようにやれ。協力するから」

「……ありがとう」

 良くも悪くも鈍いベネディクトに少々呆れつつも、アレクサンダーは礼を言った。


 アオイの部屋に入ると、ベッドに寝かされ、瞼を貝のように閉じたアオイが見える。アレクサンダーはベッド脇に椅子を引きずって来ると、そこに座ってアオイの顔を見つめた。

 十秒ほど眺めてから、多少は動いたのかアオイの肩が見えていることに気付き、そっと毛布を持ち上げて掛け直す。

 改めて見ると、男にしてはアオイの首筋は細く、肩も華奢すぎる。では女性なのかと考えると、それはそれで違和を抱く姿だ。アオイの喉には、注意して見れば分かるという程度に、喉仏が覗えた。

 ふと、アオイの世界ではこの姿が当たり前なのかもしれない、と思った。

 アオイだけでなくマツリも男女双方の特徴を備えていて、各々が自分が好む格好をしているだけではないのか。

 そのようなことは聞かなかったが、アオイやマツリにとっては当然だから、口にすることもなかったとも言える。

「……なんだ、そうか」

 なんとなくほっとし、アレクサンダーは頬を緩めた。

 アオイが肌を晒すのを固辞したのは、他に何か理由があったからで、アオイの身体が理由ではない。これが一番しっくりくる。

 とはいえ、初めて顔を合わせていくらも経っていない異世界人――アレクサンダーのことだ――に素肌を見せるのは、信用がどうの以前に抵抗があっただろう。

 アオイが目を覚ましたら、それを謝罪しなければな、とアレクサンダーは思った。



「僕は……両性具有者なんです」

 ようやく目を覚ましたアオイにそう言われ、アレクサンダーは少なからず混乱した。

 が、十秒近く黙り込んでから、顔を上げる。

「成程。そういう種族なんだな?」

「違います」

 冷めた声で即座に否定されて、硬直してしまったが。

 何とか理解に努めようと、アレクサンダーは首を傾げつつも問うた。

「だが、生まれつきそうなんだろう? この世界でも二種の性質を持つ生物はいるが、それは大概人為的に作られた合成獣キメラだ。君は……」

「生まれつきこうですが、これは病気なんです」

「病気……?」

 アレクサンダーがオウム返しに繰り返すと、アオイは苦しげに眉を潜めた。その様子に我に返り、アレクサンダーはサイドボードの水差しを取る。

「済まない。重傷を負って目を覚ましたばかりだというのに、質問攻めにするものじゃなかった」

 言って、アオイの傍らに移動してアオイの背中を支えるようにして起きるのに手を貸すと、アオイは毛布で胸元を押さえながら身を起こし、水差しを受け取って直接口を付けた。

「ゆっくり飲め。一気に飲むと胃に悪い」

 言うと、アオイはその通りに水を飲み、それから大きな息を吐いた。

「何か食べられそうか?」

「……スープ程度なら」

「わかった」

 食欲があることには心底安堵して、アレクサンダーはまたアオイを寝かせた。

 そして、アオイと目線が合うように床の上に膝を着き、ゆっくりと告げる。

「君の身体のことは、医師と俺しか知らない。勿論、ベンやマツリにも言っていない。緊急を要する何かがあるのでなければ、君の事情については、今すぐどうこうすることじゃない。俺が知っておいた方がいいことがあるなら聞くが、その時期はアオイ自身が決めてくれ。とにかく、今は身体を休めて、体力を回復させよう。いいな?」

 言って、アオイの額をそっと撫でると、アオイはようやく微笑んだ。


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