(5)
ソファセットに向かい合って座ると、ベネディクトは居心地が悪そうに問うて来る。
「何か飲物はいるか? 用意させるけど」
「いえ、大丈夫です」
やんわりと話の開始を促すと、ベネディクトは背を丸めてから口火を切る。
「他の奴から聞くよりは、俺から話しておく方が良いと思うから、今の内に言っておく」
「……アレックスさんのことですか?」
葵が言うと、ベネディクトは眦を下げた。
「このタイミングだから、わかるか。……アレックスの仕事について」
「『執行人』とか言ってましたが」
「ああ。なんとなくわかってたかもしれないけど、『執行人』とはこの国における『処刑人』のようなものだ」
「………………」
処刑人、と言われたものの、葵の脳裏に浮かんだのは、漠然としたイメージでしかないが、『首切り役人』の姿だった。
日本の機関で言うと、警察が悪人を捕まえ、裁判所が悪人を裁く。その悪人に死刑を言い渡された時に、処刑人が悪人の命を絶つ。
だが、ベネディクトの表情を見るに、そんなに単純な話では無さそうだ。
「この国ではその……『執行人』は特殊な仕事なんですか?」
「ああ、特殊だ。高位職というだけじゃなく……アレックスはこの国でただ一人の、召喚獣に選ばれた人間だから」
「召喚獣?」
聞き慣れない単語が出て来た。聞き慣れないのはあくまで現実では、という意味で、ゲームや小説でなら腐るほど見た。
ベネディクトは背筋を伸ばして足を組み、膝の上に頬杖を突いて葵から目を逸らす。
「簡単に説明すると、この国……いや、この世界で使われている魔法は、本来人間が使えるものじゃない。別次元に存在する、召喚獣の力を借りているだけなんだ」
「別次元……」
「『召喚獣』と呼ぶのもおかしいか。召喚しているのは彼らの『魔法』だけであって、本体はこの世界にはないんだから」
ベネディクトはそこで軽く息を吐き、窓の外に見える赤味がかった空を見た。
「召喚獣の魔法のみを召喚する術士は、『魔術士』と呼ばれる。彼らが使う魔法は『魔術』。『実際に魔法を使っているのは術士ではなく召喚獣』ってことで、言い換えてる訳だが……」
ベネディクトが視線を葵に送ったので、葵は頷いた。
だが、それがアレクサンダーにどう繋がるのかはわからない。
葵の真剣に聞く姿勢に気をよくしたのか、ベネディクトは続けた。
「だが、魔術士とは別に、召喚獣の魔法を使う輩もいる。それが『魔法士』だ」
「……?」
ややこしくなってきたので、葵が渋面になると、ベネディクトは軽く笑う。目が笑っていないが。
「魔法士は別名『罪人』と呼ばれる。何故かというと、魔法士は魔術士と同じく魔法を使うが、それは召喚獣の魔法のみを喚んでるんじゃない。召喚獣自体をこの世界に喚び寄せ、彼らを使役することで魔法を使うからだ。このやり方は、この世界では決してしてはならない禁じ手となっている」
「どうして……?」
魔法だけを使うのとどう違うのか、という葵の疑問に、ベネディクトが目を伏せた。
「別次元の生命体である召喚獣は、この世の理を超えた、人とは共存することのない存在だからだ。人が操ろうと思うことからして、無謀だ。下手したら、思い付きでこの世界を壊されかねない」
「その魔法士をアレックスさんが……」
「ああ。厄介な犯罪者を追う命を出されることもあるが、アレックスは基本、魔法士専門の処刑人となる」
ベネディクトは組んでいた足を下ろし、また背を丸めて膝の上に両肘を置くと、顔の前で指を組んだ。
「ここからが本題なんだが、アレックスがいくら強くとも、生身で魔法士に立ち向かえる訳がない。目的は魔法士でも、魔法士を追うとなると自然と召喚獣とも戦うことになるんだからな」
「さっき、召喚獣に選ばれたっていうのは……」
葵が訝しげな顔をすると、ベネディクトは僅かに眉間に皺を寄せる。
「魔法士が召喚獣を操り暴れた結果、もしくは魔法士が召喚獣を制御出来なくなった結果、各地での被害が甚大になると、誰もが魔法士に対抗出来得る存在を求め始めた。だが、どう考えても手段は一つだけだ。魔法士と召喚獣に勝つには、こちらも召喚獣を喚ぶしかない。そして……恐らくは歴史上初めて、国王の命の元で召喚されたのが、『
「アンフィスバエナ……」
アレクサンダーが言っていた名だ。だが、召喚獣を使役しているということは。
「アレックスさんは、魔法士でもあるってことですか?」
葵が確認するように問うと、
「いや、違う」
ベネディクトは厳しい顔で首を振った。
「さっきも言ったように、召喚獣は本来この世には喚んではいけない存在なんだ。召喚が成功しても、いつ制御下を離れて暴走するのかもわからない。――結果、召喚術士が思い付いたのは、召喚獣と波長の合う人間の
「……!」
葵は目を瞠り、息を呑んだ。膝の上に置いていた手が拳を作り、肩が震える。
そんな葵を見て、ベネディクトは身を起こして眦を下げる。
「
「十四歳……」
日本で言えば、まだまだ子供の年齢だ。葵が口元を歪めると、ベネディクトは一瞬だけ窓の外を見る。
「ここまで話してなんだが、同情を求めてるんじゃない。言っておきたいのは……アレックスは『執行人』として生きるようになってから、他人との人付き合いを意識的に絶って来た。『執行人』は職務上、恐れられなければならないからな」
どこか浮世離れしたアレクサンダーの様子を思い出し、得心する。人見知りするというのも元々ではなく、経験から身に着いた癖なのだろう。
葵が唇を噛むと、ベネディクトは続ける。
「アレックスと仲良くしてくれ、と頼むつもりはない。だが、別の世界から来た君とマツリには、アレックス自身を見て接して欲しいんだ。だから、おかしな噂で知ることになるよりは、話しておくべきだと思った」
「……はい」
葵が頷くと、ベネディクトはそっと立ち上がった。
「そろそろアレックスが帰って来るな。俺も家に帰るよ」
「あ……」
葵も腰を上げ、しかし気になっていたことを問うた。
「あの、ベネディクトさんはアレックスさんとは……?」
友人であるだろうが、それだけではないように見える。葵の疑問が通じたのか、ベネディクトは苦笑した。
「俺の家名はアレックスと同じ『ヴォルフ』だ。アレックスとは遠い親戚なんだよ」
「そう、なんですか」
それにしては色々と似てないな、と思ったところで、ベネディクトが葵に背を向ける。
そして、
「アレックスの髪と目の色は、元は俺と同じだった。だが、アンフィスバエナと契約を交わしたことで、ああなったんだよ」
ぽつりとそう言った。
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