(3)
アレクサンダーが用意してくれた服は、測ったのかと思えるほどにサイズがぴったりだった。
白銀の糸で刺繡が施された濃緑のジャケットに、清潔さを感じさせる白のブラウス、ベージュのズボンに黒のロングブーツ。ブラウスの要所要所に装飾めいたプリーツがあるのは、貴族層の服だからだろうか。
ベルトだけは使い慣れた自前のものを身に着け、スタンガンを腰の後ろに収納した。電池がなくなればゴミと化す代物だが、まだ使えるものを手放すことはない。
自分は人を見る目がある方だとは思わないが、少なくともアレクサンダーは、誠実かつ信頼出来る男だと思う。生まれついての考え方の違いもあるだろうから、完全に信用するには早いと思うが、こちらの世界について何も知らない、葵や茉莉を騙すような男ではなさそうだ。
部屋の隅にある姿見で自分を確認すると、疲れのせいか顔色が悪く、頬のこけた自分が見える。
それを十秒近く見つめ、息を吐いた。
アレクサンダーは実直で頼もしい男だが、それでも葵のことを全て教えるべきではない。
着替えが終わったと伝える為に廊下に続く扉を開けると、アレクサンダーの姿はなく、先ほど見た金髪碧眼の騎士、それに見張りの騎士がいる。
「あの、着替え……終わりました」
葵がおずおずと言うと、金髪の騎士が葵を見て目を細め、頷く。
「似合ってるじゃないか。異世界人にはもう見えないな。隣の部屋に行こうか。ここはテーブルもないから、アレックスが隣に食事の準備をさせたんだ」
「は、はい」
金髪の騎士に促され廊下に出、なんとなく見張りの騎士に会釈をしてから歩を進めると、騎士が隣の部屋の扉を開けてくれる。
聞いた通り、そこには髪を結ったアレクサンダーがおり、湯気を立てる料理が載ったテーブルと椅子が三脚準備されていた。
椅子の数に小首を傾げると、アレクサンダーが自ずから椅子を引いて、葵を座らせながら言って来る。
「一人だと味気ないだろうから、俺とベンも一緒に食う。話しておくこともまだまだあるから、気を張らずに食べてくれ」
「あ、ありがとうございます」
「気にするな」
金髪の騎士が「俺も?」という顔をしていたが、特に反対は出なかったので、三人で食卓を囲むことになった。
もし口に合わなければ避けてくれ、と言われたが、洋風一色というだけでどれも美味な料理だった。精神的なものも影響していたからか、軟禁中は味もせず冷たかった食事が、今は温かく感じる。
アレクサンダーは茉莉と話し合った内容を語り、生活の保障など葵にも出来るだけのことをすると約束してくれた。
ただ、召喚の逆の『送還』は前例がないらしく、元の世界に戻すのには時間がかかるかもしれない、とも言われる。
アレクサンダーがそこまで話したところで、黙々と食事をしていた金髪の騎士・ベネディクトが声を上げる。
「送還? 元の世界に戻りたいのか?」
「正直、今そこまでは考えてませんけど……帰る手段があるなら知っておきたいです」
野菜のたっぷりと入ったクリームシチューを、スプーンで掬う手を止めて葵が言うと、ベネディクトは訝しげな顔をする。
「こっちで暮らせばいいと思うけどな。だって君らは……」
「ベン」
制止するようにアレクサンダーが声を挟んだので、ベネディクトがはっとして台詞を止める。葵が小首を傾げるも、ベネディクトは押し黙ってしまった。
とりあえずといった感じでも今後の方針は決まったので、デザートの段階になると雑談に入る。
やはり興味があるらしく、葵の住む世界のことをアレクサンダーにあれこれと聞かれた。こちらと比べて発展した科学について聞くと、騎士を怒鳴りつけた迫力など微塵も感じさせないほど、色の異なる瞳を輝かせる。その表情を見る者が見れば、葵よりも年下に見られそうだ。
「そういえば、さっき君、アレックスに何したの? 怪我も見えないし」
「あ、これですか」
ベネディクトに問われ、アレクサンダーにしたようにスタンガンを見せると、ベネディクトは小首を傾げてから、意味ありげにアレクサンダーを見る。
「なんだ?」
アレクサンダーが目を細めると、ベネディクトは顎を撫でながら笑った。
「いや、そんなにキツいのか? これ。単なるアレックスの修行不足じゃ……」
「ほー」
アレクサンダーが更に目を細め、葵にスタンガンを渡すように言う。差し出されたアレクサンダーの手の上に乗せると、アレクサンダーは徐にスタンガンのスイッチを入れて、隣に座るベネディクトの脇腹に軽く当てた。
「ほんぎゃ!?」
途端にベネディクトが飛び上がって席から転げ落ち、呻く。
「これ、最小の威力です。さっきアレックスさんに食らわせたのは、最大威力でした」
「修行が足りないな、ベン」
アレクサンダーが鼻を鳴らしながら言った嫌味に、ベネディクトが悔し気な声を出した。
思わず笑ってしまった葵をアレクサンダーが見たので、口元に手を当てて咳払いをする。
「……す、すみません」
「謝ることはない。いずれ帰るとしても、折角……という言い方もなんだが、この機会にこちらの世界の暮らしを楽しんでくれるなら何よりだ」
そう笑うアレクサンダーに、思わず見入ってしまった。
気難しそうな外見や初対面からの印象から堅物に思われたが、その逆だ。
葵が笑みを返したところで、ベネディクトが椅子に座り直してからアレクサンダーに恨めし気な視線を送る。
「なんだよ、人見知りする方なのに、随分と仲良くなったじゃないか。年の離れた兄弟みたいだ」
「え、そうなんですか」
人懐っこい人物なのだと思ったところに真逆のことを聞いて、驚く。アレクサンダーはそれを否定せず、苦笑した。
「人見知りというか、仕事柄、初対面の人間は警戒するのが癖だからな。だが見たところ、アオイは他人の為に戦う気概と根性があるし、何より自分をよく知る努力をしている。いささか自分に対して厳しいように思えるが……俺はそういう人間は好きだ」
「ほ、褒めすぎでは……」
賛辞に赤面して、葵は肩を窄める。
今日出会ったばかりだというのに、ここまで評価されることなどなかった。しかも、世辞ではなく本気で言っているとわかる。
そんなことを話している内にデザートも食べ終え、食後の紅茶(に近い飲物)を飲むと、アレクサンダーは立ち上がった。
「では、マツリのいる部屋に行こうか」
「は、はい!」
アレクサンダーによると、茉莉は葵を心配していたと聞いている。であれば、出来るだけ元気に振舞って、不安を取り除かなければ、と思いながら、葵も腰を上げた。
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