(3)


「は? ……は!?」

 呆然自失、という状態だろう。

 アレクサンダーが目を丸くしたまま口をぽかんと開けて呆けた声を出し、そして蒼白になる。

 そんな『執行人』をベネディクトは不思議そうに見つめ、アレクサンダーの前で片手をパタパタと振った。

「感激?」

「断じて違う」

 即座に否定し、眩暈を治める為に額を押さえてから、何とか冷静な問いを発した。幾度となく、死地を潜り抜けて来たからこその精神力だ。

「ベン。まず教えて欲しいんだが……『召喚』とは? 『どこ』から?」

 この世界には魔法が存在し、人間にとって害となる魔獣もいる。そして、別次元には『召喚獣』と呼ばれる特異な生命体もいる。

 先ほどベネディクトは枢機卿の関わりを口にしたが、彼は聖職者であり、数少ない召喚術士だ。そこで気付くべきだったが、まさか自分の個人的な嫁探しに、召喚術を使われるとは誰も思うまい。

 ベネディクトが当然のような顔をしているのはさておき、一番の問題は召喚で『何が』喚ばれるのか、という点だ。ややこしい契約が絡む場合、アレクサンダーが現在契約中の召喚獣との関係にも響く。

 アレクサンダーの脳内に、『こいつが君の嫁だよ』と巨人キュクロプス(♀)を紹介される場面が浮かんだ。ヴォルフ家の誇りにかけて、外見で判断してはならないとは思うが、意思疎通さえままならなさそうだ。

 リアルな想像をしてしまい、ますます顔色が悪くなるアレクサンダーの表情から、正確に不安を読み取ったらしい。ベネディクトが笑いながら、アレクサンダーの背をバンバンと叩いた。

「不安に思うのは無理もないけど、大丈夫だよ! 俺のオリヴィアも、同じ手順で召喚されてこちらに来た女性なんだから」

「初耳だぞ」

「君が疎いだけだ。興味なかったら一切記憶に残さないのは、アレックスの悪い癖だ」

 本気で驚くアレクサンダーに、ベネディクトは人差し指を立てた。

「そもそも、この国の高位の人間は、配偶者を召喚によって得てるんだよ」

「……?」

 今度はアレクサンダーが小動物のように首を傾げると、ベネディクトは訥々と続ける。

「よく考えてみろ、例えば陛下の身をお守りする騎士が結婚したとして、それが敵国の間諜スパイだったらどうする? もしくは、その人物の親類縁者が買収されないと断言出来るか?」

「つまり、様々な不安要素を取り除く為に、この世界とは一切関係のない場所に生きて来た人間を喚ぶ、という訳か」

「その通り」

 ベネディクトの説明は理解したが。

「しかし……喚ばれる者の意思はどうなる? それに、召喚された人間と俺が上手く行くという確約もないだろう」

 というか、経緯を考えれば相手がこちらを拒否しても当然だ。

 アレクサンダーが常識的な疑問を口にすると、ベネディクトはにっこりと笑った。

「心配するな。伴侶を必要としている者と、波長がぴったりと合う人間を探して喚ぶそうだ。仕組みはわからないけど、これで婚姻生活が失敗に終わった例は聞いたことがないって」

「そ、そうか……」

「あと、それに……」

 ほっとするアレクサンダーに、ベネディクトがそっと耳打ちする。

 それを聞き、それならば、とアレクサンダーは納得し、ベネディクトの促しに応じて聖堂へと足を向けた。


 聖堂へと到着すると、ルキウス・ツィアーノ枢機卿が待ち構えていた。

「猊下、お待たせして申し訳ありません」

 ベネディクトとアレクサンダーが枢機卿の前に片膝を着くと、柔和な丸顔で笑みを返される。

「執行人アレクサンダー、あなたの活躍は私の耳にも届いております。『罪人』を罰する様は、さながら炎より生まれし獅子だと。そのあなたに安らぎを与える手助けを出来るならば、これ以上の歓びはない」

「……ありがとうございます」

 顔を伏せて礼を言うと、ぽんぽんと肩を叩かれたので立ち上がる。と、白の法衣姿の枢機卿は、聖堂の奥へと歩を進めたので、アレクサンダーとベネディクトはそれを追った。

「既に陣は描き終え、召喚の準備は万端です。慣例によりあなたがたは召喚の間に入ることは出来ませんが、隣室でお待ち頂くことになります」

「はい」

 主祭壇へ続く身廊を歩き、祭壇を横目に最奥にある扉を潜ると、やや狭い部屋がある。

「この奥が召喚の間ですので、こちらでお待ちを」

 これにも頷くと、枢機卿は荘厳な装飾の施された扉の奥へと消えた。


 なんとなく無言で待ち、小一時間は経過しただろうか。

 扉の奥から聞こえて来ていた聖歌のような声が途切れたかと思えば、僅かに石造りの床が振動する。

「あ、終わったかな」

 経験済のベネディクトが声を上げ、実際数分と経たずに扉が開かれたのだが。姿を現した枢機卿を見て、アレクサンダーは眉間に皺を寄せた。

 老齢の枢機卿が禿頭に玉となった汗を浮かべ、顔面蒼白になっているのだから当然だ。

「……猊下?」

 ベネディクトも訝し気に呼ぶと、枢機卿はハンカチを取り出して汗を拭きつつ、更には震えながら言って来る。

「ええと、その……何と言うか……予期せぬ手違いが起きてしまったようですので、一旦お引き取り願いますかな?」

「は?」

「え? どういうことです?」

 呆気に取られるアレクサンダーの隣で、ベネディクトが率直に問うと、枢機卿は無理やり作ったと分かる笑顔を見せた。

「その……召喚は成功したのですが、喚ぶ者を間違えたと言いますか……」

「はあ?」

 アレクサンダーが繰り返すもそれ以上の説明は与えられず、ベネディクトと共に追い出されるようにして聖堂を後にすることになる。


 聖堂前の花壇に植えられた美しい花を目の前にして、アレクサンダーが無言でベネディクトを睨むと。

「えっと……ドンマイ!」

 ベネディクトがアレクサンダーの肩にぽんと片手を置き、もう片方の手で親指を立てたので、アレクサンダーは彼の顎を砕くべく、拳を固めた。


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