第14話 スピード退職

 

 俺は鏑木部長に、退職の意を表明した。

 

「……と、いうことなんです。部長」

「はぁ……君は、馬鹿かね……!?」

「す、すみません……」


 俺はただただ平謝りするしかなかった。

 部長はかんかんに怒っていた。


「これがどういうことかわかるかね!? 君は国の重要な責任ある仕事を、途中で投げ出そうというのだぞ!」

「はい……すみません……」

「だいいち、前から私は君がきらいだったんだよ」

「はぁ……すみません」


 それ今関係あるか……?

 部長の説教は続く。


「ちょっと有名になったからって、たるんでるんじゃないかね?」

「すみません……」

「君の給料は減らすことにするよ」

「いや……やめるんで……」

「第一、君のようなダンジョン探索者はけしからんよ! 野蛮だ。君みたいなのはねえ、私たちのようなエリートに首輪をつけられて、飼われてるのがお似合いなんだよ。まったく、勝手なことをしてくれるよ。配信でノルマのこととか、あることないこと話しやがって。おかげでうちのダンジョン環境省はブラックだのなんだのと、よからぬうわさまでたって」

「ごめんなさい……いやでも、ブラックなのは事実でしょう……?」

「はぁ……? なんだね君は、口答えするつもりかね!」

「いえ、そうではないんですけど……。もう仕事やめるから関係ないかなと思って」


 さすがに、俺もここまで言われたら、もはや残る気もなくなる。

 コメント欄の言うことも最もだった。

 こんな職場、とっととやめてやればいいんだ。

 どうやら俺はかなりの有名人になったようだし、配信でいくらでも稼げるのだそうだ。

 だったら、退職金だっていらないね。

 それに、春日さんと違う部署になった時点で、俺のモチベーションは地に落ちていた。


「はぁ……!? なにを勝手なこと! その態度はなんだ!」

「いや……部長こそ、俺にパワハラしまくってたくせに、俺がちょっとバズったらすり寄ってきて。気持ち悪いですよ」

「なんだとぉ……!?」


 こうなりゃ自棄だ。

 好き放題、最後に言ってやろう。


「お前のようなのはな! いくらでも変わりがいるんだよ! それになあ、うちをやめたってまともな職にありつけると思うなよ! こっちは国がバックについてんだ。いくらでもお前の人生終わらせるくらい簡単にできるんだぞ……!」

「あ、今の発言アウトですよ」

「あ…………?」

「いや、アウトです。炎上しちゃいますよ? いいんですか?」

「はぁ……? ここには君と私だけだ。どうやって炎上するというのかね……! ま、まさか…………」

「はい、そのまさかです」


 俺は、ポケットからスマホを取り出した。

 そこには配信状態になった画面が映っている。


【クッソブラック上司で草wwwww】

【これは訴えれば勝てる】

【脅迫じゃんこっわ】

【もはや国が反社】

【労基に通報した】

【こいつ晒せwwww】

【おいこのオッサンのSNS見つけたぞwwww】

【風俗嬢しかフォローしてなくて草】

【そういうとこやぞ】

【チェックメイトですな】

【やめちまえこんなところ】

【うちのギルドに来い】


「……と、いうことで。全世界に配信中でした。ダンジョン環境省のやばいところ、全部きかれてしまいましたね? 脅迫はさすがに罪ですよ? これ、明日のニュースになるんじゃないですか? 部長も不祥事で一緒にくびですかね?」

「き、貴様ぁ……! 杉田ぁ…………!!!!」


 部長はその場で地団太を踏んだ。

 しかし、一度ついた火はどうにもならない。

 コメント欄はすべて俺の味方だった。

 部長のSNSや、環境省のSNSは見事に燃やされていた。


「じゃあ、そういうことで。俺は仕事やめます。今までお世話になりました!」

「杉田ああああああああああああ!!!!」


【いやあスッキリしたwwwww】

【ナイス杉田】

【俺も仕事やめてきたwwwwうはwwww】

【無職じゃんwwww】

【スタイリッシュ退職】


 俺はその場に辞表を投げ捨てて、ダンジョン環境省を去った。


 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その晩、春日さんから電話がかかってきた。


「仕事、やめたんだってね」

「ああ、はい。まあ、春日さんに会えないんじゃ、いよいよいる意味もなくなりましたしね」

「まあ、あなた全上司から嫌われてたものね」

「えぇ……!? そうなんですか……!?」

「ふふ、冗談冗談。大丈夫よ安心して。私は嫌ってないから」

「まあ、俺も春日さんにさえ嫌われてなければどうでもいいです。他の誰に嫌われたって」

「そう? うれしいこと言ってくれるわね」


 それからしばらくの沈黙。

 俺は目頭を押さえこんでいた。

 鼻をすする。


「どうしたの……?」

「いえ……ちょっと。また春日さんと話せたのがうれしくて……」

「えぇ……?」

「まさか春日さんから電話してくれるとは思ってなくて……。その、俺仕事やめたからもう春日さんとは二度と話せないものかと……」

「そんな……大げさね……。話くらい、いつでもできるわよ」

「ありがとうございます……」

「私だって、杉田くんとお別れするのは悲しいもの。これからも、上司と部下て関係じゃなくなるけど、大事な友人だってのにはかわりないわよ」

「それって、俺のこと好きってことですか……!?」

「まあ……多少はね……」

「…………っし!!!!」


 俺は電話越しに、無言のガッツポーズを決める。

 これは脈ありやろ!

 脈ありとちゃうんとちゃうか……!?

 これで脈なしならもう女心とか一生わかりません。


「まあ、そういうわけだから……これからもよろしくね? 杉田くん」

「はい! もちろんです!」

「まあ、今の有名になったあなたなら稼げるでしょうね」

「でしょう?」

「でも……編集とかプロデュースはどうするのよ? あなた、そういうことには疎いでしょう?」

「あ…………」


 たしかに、それには失念していた。

 勢いで仕事やめたけど、あまり深くは考えていなかったな。

 そういえば俺、ダンジョン配信にはめっぽう疎いんだった。


「だったら、他人の手を借りなさいよ」

「とはいっても……そんな知り合い……」

「いるでしょう? 一人」

「……ああ、まあ」

「電話してみたら?」

「うーん、そうですねぇ。それしかないかぁ……わかりました。アドバイスありがとうございます」

「がんばりなさいよ。まあ、もしなにかあったら私が養ってあげるから、いつでもうちにきなさい」

「え……それってプロポーズですか……!?」

「ち、違うわよ……。バカ」


 そこで電話を切られてしまった。

 はぁ……今日も春日さんのお声を聴けてハッピーです。

 さて、じゃああいつに電話してみるかな。

 ダンジョン配信に詳しいといったら、あいつだ。


 俺は、後輩の九重ここのえこころに電話をかけた。




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