第13話 ダンジョン配信


「ていうかさ、杉田くん。仕事やめないの?」

「はい……?」


 藪から棒に、春日さんにそう尋ねられた俺は面食らってしまう。

 いきなりそんな、仕事やめろなんて言われてもなぁ……。


「俺のこと嫌いなんですか……?」

「いや……じゃなくて。杉田君すっかり有名人じゃない? だから、ダンジョン配信とかしたら、普通に食べていけそうだなと思って」

「やだなぁ、何言ってんですか。俺たちは公務員ですよ? だから、副業禁止なんですってば」

「いやだから、仕事やめたらできるじゃん。ダンジョン配信」

「あ、まあ……たしかに……」


 確かに、春日さんの言う通りではあるのかもしれない。

 だけど、ダンジョン配信なぁ……、ダンジョン配信かぁ……。

 俺にそんなのできるのかなぁ。


「いや、俺にそんなんできますかねぇ? 向いてないんじゃ……」

「なに言ってんの。あんた、例の講座動画で一億再生とってんじゃない。超向いてるって」

「そうなのかなぁ……」

「まあ、考えておいたら?」

「そうします……」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌日、俺はまた部長に呼び出された。

 今日はなんだかいつもと雰囲気が違う。


「なんですか、部長」

「杉田くん。君ねえ、もう通常の業務はしなくていいから」

「はあ。それは……どういうことですか?」


 通常の業務をしなくても、金がもらえるのなら、それに越したことはない。

 だが、そんなうまい話はないだろう。

 通常の、ということは別の業務が待ち受けているということだろう。


「君がかなりの手練れだということがわかった以上、国としても君をくだらぬ書類仕事に縛り付けておくことはできないのだよ」

「はあ」

「君には、これからダンジョン配信をしてもらう!」

「えぇ……!?」


 ダンジョン配信って、昨日春日さんと話してたことだ。

 でも、仕事でダンジョン配信って……どうなんだ……?


「それって、仕事としてですか……?」

「そうだ。君のために、新しくダンジョン配信課を作ろうという話になっているんだ。君にはそこで、国のためにダンジョン配信者として広報活動に専念してもらう」

「……っていうことは、今までの部署の仕事はもうやらないってことですか?」

「そうなるな。君は移動になる」

「そうですか……」


 俺は半分浮ついた感じで、席に戻る。

 春日さんが話しかけてくる。


「……で、部長はなんだって?」

「……移動らしいです」

「そう……」

「なんか、ダンジョン配信者やれって」

「はぁ……!? それって、国の宣伝塔ってこと?」

「まあ、そういうことでしょうね」


 それって、どうなんだろうか。

 別の部署に移動になるってことは、もう春日さんとは一緒に仕事できないってことになる。

 そんなの、この職場にいる意味があるのか……?

 ダンジョン配信っていったって、どうせ国の命令にしたがって、くだらない動画撮るだけなんだろう?

 だったら、いっそのこと仕事やめて、自分の自由にダンジョン配信したほうがいいんじゃないか……?


「それ、やめたほうがいいよ」

「やっぱり、春日さんもそう思います……?」

「うん、だって、どうせ国のダンジョン配信なんか、しがらみも多いだろうし、いろいろうるさいよ。それだったら、仕事やめてフリーランスでダンジョン配信やったほうが自由でいいんじゃない? お金もそのほうが儲かるだろうし。だって、国のダンジョン配信者やるっていったって給料でしょう? 自分で稼いだほうが絶対いい」

「ですよねぇ……」


 だけど、どうにも仕事をやめるなんて決意にまで至らない。

 うーん、どうしようかなぁ……。

 

「悩むんだったら、一回やってみたらいいんじゃない?」

「え……? ダンジョン配信をですか?」

「そう。国のいうダンジョン配信を一回やってみて、それで嫌かどうか見極めるの。ダンジョン配信者としてやっていけそうなら、そのままやめてフリーになればいいし」

「なるほど。それもそうですね。やる前からうだうだ言ってても仕方がない。まずはやってみます」

「その意気よ!」


 ということで、俺は国の命令を受けて、ダンジョン配信課に転属となった。

 そして、俺の初めてのダンジョン配信が始まる。


 

 ◆ ◆ ◆ ◆


 

 いや、これ思った以上に、やばいな……。

 めちゃくちゃな重労働だぞこれ……。

 ダンジョン配信課に転属されてから一日目。

 毎日決められた数のモンスターを倒さないといけないし、その数量もやばい。

 さらには給料もさほどいいわけじゃないってのが、すっげえブラックだ。


「くそ……なんで俺がこんな仕事……」


 まあ、なんとか倒せる範囲ではあるけど。

 さすがにこれを毎日ではきついぞ……?

 あくまで俺は趣味だからダンジョン探索を続けられてきたけど。

 こんなふうにノルマを課されたらなにも楽しくない。

 ただただ辛いだけだった。


 俺は支給されたダンカメを起動し、配信の準備をする。

 えーっと、これでいいんだっけか。

 俺は配信のスイッチをオンにした。


【ん? なんだこれ?】

【ダンジョン配信課……?】

【なにこれ】

【なんで国の配信チャンネル……?】

【ダンジョン環境省のチャンネルで配信とか珍しくね?】

【おい待って、杉田出てるwwww】

【マジやん、杉田が配信するの……!?】

【おおおお! 待ってました! 杉田!】

【おお、ついに配信で杉田が見れるのか】

【これサプライズ配信?】


 俺はさっそく、ダンジョンへと潜っていく。

 さあて、今日もさっさとノルマを終わらせよう。

 俺は一気に深層までジャンプする。


【おい、深層まで飛び降りたぞwwwww】

【死ぬwwwww】

【たまひゅんしたわ】


 そして深層へ着くや否や、モンスターを瞬殺しまくる。

 正直、デュラハンが出ない限りはこのくらいのペースでも余裕だ。


【は…………!???!?】

【え………………????】

【なんにも動き見えなかったんだが……?】

【え……まって。もしかしてあの動画より強いの……?】

【おいマジかよ……講座動画のとき手加減してたのか……?】

【これが杉田の本気????】

【深層のモンスター瞬殺とかなにごと?】

【いやまてまだ杉田はもう一段階変身を残しているぞ】


 なんだかさっきからスマホの通知がうるさいな。

 ふと、俺はスマホを見る。

 すると、そこには無数のコメントが流れていた。


【同接500万人超えたwwwww】

【おっすおっすwwww】

【杉田、見てるー?】


「は………………? なにこれ…………!?」


 めちゃくちゃ視聴者来てる……。

 やっぱ俺、かなり有名人なのか……?

 思った以上にコメントも来てるし……。

 これマジで、独立してもダンジョン配信者やっていけるんじゃないか……?


【てかこれなにしてんの……?】

【たぶんそういう仕事っぽいぞ。ノルマとか言ってたし】

【え……なんで杉田がモンスター駆除やらされてんのw】

【強いからだろ】

【国の広報活動とかいいながらモンスター駆除させたいだけだろこれw】

【てかノルマやばすぎだろ。どんなブラックだよ】

【こんな仕事やめたら……?】


「え…………?」


 いや、そんなの、俺だって、こんなキツイ仕事やめれるもんならやめたいよ……。

 唯一の心残りだった春日さんとも違う部署になってしまったし、俺の生きがいは失われた。

 もはやこんな職場に未練なんかない。

 だけど最後の踏ん切りがつかない。

 だって仕事やめるってことは、無職になるってことじゃん?


「いや……俺だってやめたいけどさ……ほら」


【いや、やめたらいいやん】

【ダンジョン配信者で食えるやろ】


「やっぱりコメント欄もそう思うのか……?」

 

 いや、うーんでもなぁ。

 国が素直にやめさせてくれるだろうか……。


【普通にやめたほうがいいでしょ。こんなブラックなとこ】

【そうだよ。もう有名人なんだからいくらでも稼げるよ】

【おし、このままやめようぜw】

【もう投げ捨てよう全部www】

【いらないなにも捨ててしまおう】

【やめろやめろwwww】


「よし……じゃあやめてやるぜ……!」


 俺はコメント欄に後押しされる形で、退職を決意した。

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