仲良くなった少女が地球外生命体だった

秋桜空間

第1話


白い羽を生やした少女が、たった今スカイツリーを破壊した。

光り出した彼女の両翼から無数の光線が放たれて雑多なビル群が次々倒されていく。

街中に警報が響き渡って、泣き叫ぶ人々の声が聞こえた。


ああこれはきっと復讐なんだと僕は思った。

僕が彼女を見捨てたからだ。

彼女は僕を殺すつもりなんだろう。


戦闘機が編隊を組んで少女のもとへ飛んでいく。

彼女がその戦闘機をすべて撃ち落としたときにはもう辺りは焦土と化していた。

つかの間の静寂が訪れたあと、彼女は町中に響く声で「拓馬を呼んで」と言った。


拓馬?拓馬って誰だ?とがれきに避難した人々のささやく声が聞こえた。

拓馬というのは僕の名前だ。

「ねえ、拓馬ってもしかして…」と僕と一緒に避難していた彼女の愛莉が言った。

「うん、僕のことだと思う」と僕は言った。

「でも行きたくない。彼女のところに行ったら多分、僕は殺される」

震える僕を見て、愛莉は困惑しているようだった。


「拓馬って名前の人はたくさんいるわ。どうしてあなただって言い切れるの?」

「…」僕はしばらく沈黙し、たくさん迷った末に口を開いた。

「高校生の頃、僕は星降る夜に奇妙な少女と出会ったんだ」僕は語り始めた。



少女の年齢は見たところ十歳とかその辺で、異性というよりも子供って感じの見た目をしていた。

彼女の背中には白い羽が生えていた。

星がよく見える見晴らしのいい夏野に彼女は空を見上げて直立していた。


僕はその日、流星群を見るためにたまたまその野原に訪れて、少女を見つけた。

「よくできた羽だね。お父さんとお母さんとはぐれちゃったの?」

僕は迷子だと思って少女に話しかけた。

少女はその細い首を傾げてこう言った。「お父さん?お母さん?何それ?」


変な子に話しかけちゃったな、ていうのが第一印象だった。

背中に生えている羽だって仮装か何かだと思っていたし、ちょっと電波系の子なんだと思った。

「ねえ、どういう意味?」と少女はなおも聞いてきた。

「君を育ててくれてる人のことだよ」と僕が言うと、少女は笑った。

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」


少女は結局自分の両親については何も答えなかった。

「ねえ、あなたの名前はなんて言うの?」と少女は言った。

「僕は名前は拓馬。よろしくね」と僕は答えた。

「拓馬。いい名前ね。私拓馬っていう名前好き」と少女はまた笑った。


それからもその野原に行くと、いつも少女はそこにいた。

僕が何か話しかけると、少女はいつも首を傾げた。

「家?何それ」

「冷蔵庫?何それ」

「学校?何それ」

「人間?何それ」

少女が首を傾げるたびに僕は言葉を教えてあげた。

いつもいろんな人に馬鹿にされていた僕にとって少女に言葉を教えるのは楽しいことだった。


ある日、会話の途中で少女は首を傾げて言った。

「友達?何それ」

質問されてから僕自身、なんて答えるか迷ってしまった。


僕は当時、友達だと思える人が周りにいなかった。

たくさん考えた末に僕は友達をこう定義した。

「自分の命よりも大事だって思える人のことかな」


「そうなんだ。教えてくれてありがとう」といつものように彼女は言った。

「私はあなたの友達?」と彼女は聞いた。

「多分、友達じゃないと思う」僕は正直に答えた。

「そっか」と言って少女は静かに空を見た。

「いつか、友達になれたらいいなあ」と少女は呟いた。


少女と何度も会っているうちに僕の中で疑問はいろいろと湧いてきた。

彼女は常に野原にいるようだったし、家族らしき人も本当にいないようだった。

徐々に僕は彼女の背中に生えている羽が偽物には見えなくなっていった。


少女と遊ぶのが日課になってから数か月が経ったある日、僕のもとにスーツを着た男が現れた。

「あんた、白い羽の生えた少女を知らないか?」と男は言った。

本能的に少女の居場所を教えてはいけないと感じた僕は「知らない」と答えた。

「そうかそうか。ところであんた、今日は野原に行くのか?」男は片方の口角を上げて言った。


風が吹いて男のジャケットが翻った。

その時、男の腰のあたりに拳銃が見えた。

この男は何者なんだろうか。

僕は彼が恐ろしくなって気付いたら背を向けて逃げ出していた。


走り出すと後ろで銃声が上がった。

勢いよく僕の耳元に何かがかすれた。

一瞬の間を置いて、それが銃弾であったことを理解した。


殺されると思った僕は、その場から動けなくなった。

「殺さないでください」と命乞いをした。

「死ぬのが嫌だったら言うとおりにしてもらおうか」男は銃を下げずにそう言った。

「とても重要な任務なんだ。遂行のためならお前の命ぐらい簡単に闇に葬れるぞ」


僕は彼の黒いバンに乗せられた。

「お前がいつも行っている野原まで送ってってやるよ」と男は言った。

「あんたにやってもらいたいことは単純だ。白い羽の少女をこの車の中まで連れてきてほしい。ただそれだけだ」


「どうして、僕に頼むんですか?」僕は言った。

「俺が無理やりあの子を連れて行こうとしたら、殺されるだろうからな」男は言った。

「あの子は宇宙からやってきた超危険生物なんだ。けど、なぜかあんたにはなついてる。だからあんたに頼んでいるんだ」

「この車に乗せた後、彼女はどうなるんですか?」

「研究所に送られる。詳しくは知らないが、そこは非人道的な実験を数多く行っているところらしい」と言って男は車を発進させた。


僕は頭を抱えた。

つまり、僕は裏切らなきゃいけないのだ。

自分を慕ってくれている無垢な少女を。


こういう時、マンガの主人公なら勇気を出して男に逆らうのかもしれない。

けれど、臆病な僕は死ぬのが怖くて逆らうことなんて考えもしなかった。

どうしたら確実に少女を車の中へ連れてこれるか、頭の中はそんなことでいっぱいだった。


野原に着いて車から降りると僕は覚悟を決めて少女のもとへ向かった。


「今日も会えた」と言って少女は満面の笑みを浮かべた。

僕は少女の笑顔をなるべく見ないようにして言った。

「ねぇ。いつだか君は、僕と友達になりたいって言っていたよね?これから連れていくところに黙ってついてきてほしい。そしたら君の友達になるよ」

少女はその言葉に目を輝かせて、元気よく首を縦に振った。

「なんでもする」と少女は嬉しそうに言った。


彼女の手を引いて、男が待っている黒いバンのところへと歩き出した。

「ねえ拓馬。私、拓馬と友達になったら一緒にしたいことがいっぱいあるの」と少女は言った。

「学校で授業を受けてみたいし、海で一緒に砂浜を歩いてみたい。遊園地ってところで観覧車にも乗ってみたい。拓馬が今までに教えてくれた場所、全部行ってみたい。連れてってくれる?」

僕はもう耳を塞ぎたかった。けれど、ここで返事をしないわけにもいかなかった。

「うん。連れてってあげるよ」

と僕は嘘をついた。


黒いバンの前まで来たが、男の姿はなく僕は戸惑った。

しばらく逡巡していると、急に後ろから銃声が上がった。

その直後、少女が倒れた。

服の左胸の部分が徐々に赤く染まっていく。

「たく、ま?」と言って少女は気を失った。


「上出来だ。帰っていいぞ」木陰から男が現れて言った。

「殺すなんて聞いてないです」と僕は震えた声で言った。

「こんなことじゃこいつは死なないよ」

男は倒れた少女を抱えて、無造作に車に投げ入れた。

「じゃあ」と言って男は車を発進させ、去っていった。

当たり前だが、その後何回野原に行っても少女は現れなかった。



「…その子、裏切られてとても傷ついたでしょうね」僕の話を聞き終えて愛莉は言った。

僕は曖昧にうなずくと、しばらく沈黙が続いた。

「やっぱり、謝りに行った方がいいんじゃないかしら」愛莉は言った。

「無理だ。会ったら殺されるよ」僕はおびえながら言った。


しばらく二人で言い合っていると、がれきに避難していた他の人たちが僕らの話に割り込んできた。

「悪いが話は聞かせてもらった。拓馬君。俺たちからもお願いだ。あの白い羽の女の子のところへ行ってほしい」

「い、嫌です。どうしてそんなことを言うんですか」と僕は言った。

「彼女は本当に君を殺すだろうか?君のことが好きだったんだろう?君がちゃんと謝れば許してくれるんじゃないか?それに…」

その人は僕から目をそらした。

「君が彼女のもとに行かないと、ここに避難している人たち全員が彼女に殺される可能性がある」

がれきの中で避難していた数十人の人たちが僕を見る。

「私も途中までついていくわ。ねえ、行きましょう?」愛莉が僕の肩に手を置いた。

わかったと言わなきゃいけない雰囲気だった。僕は泣きそうになった。

「い、嫌です」気付いたら僕はそう言っていた。


その場にいたすべての人たちから非難の目を浴びた。

「最低」と愛莉は言った。

「あなたが行かなきゃ、ここにいる人たちみんなが死ぬかもしれないのよ?」

僕は見栄も体裁もすべて捨てて言った。

「ああそうさ。僕は最低な人間だよ。本音を言えば、ここにいる人たちがみんなが死んだってどうだっていいんだ。それよりも自分の命の方が大事だ。あんたたちはどうなんだ。僕の立場に立った時、本当に自分の命を犠牲にできるのか?」


ちょうどその時だった。

戦闘機の二部隊目が編隊を組んで、また少女のもとへと飛んでいった。

少女がその戦闘機に向かって撃った複数の光線のうちの一つが避難していた僕たちのところへと飛んできた。

光線が衝突してけたたましい轟音が鳴った。


気付くと、避難場所にしていたがれきは吹き飛んでいて、さっきまでそこにいた数十人の避難者が血を流して倒れていた。

もう死んでしまったのか、全く動かない人もいる。

運よく、僕だけが無傷だった。


僕の隣にいた愛莉は右足と左腕がなくなっていて、損傷した箇所から血がどくどくと流れていた。

「はやく彼女を止めて」彼女は僕にそう言うと、目を開いたまま動かなくなった。

戦闘機が次々と撃ち落されていく。

僕は、自分が犠牲になれば救われるであろうたくさんの命を思った。


知るか知るか知るか。

僕はその場から逃げ出した。

少女が撃った光線の一つがまた地上に落ちて、また誰かが死んだ。

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