水曜日① 〜マヨだく唐揚げ〜

「何でノーアウト2,3塁から点が入らないんだよ…」


 俺は今ハマっている、高校野球の頂点を掴むシミュレーションゲームをプレイしている。

 アクションなどはないので、自分の采配が全ての言ってしまえば運ゲーだ。

 イライラで電子タバコの消費量が自ずと増えていく。


 守備側でピンチを迎えたとき、テーブルに置いてあるスマホが鳴る。

 えーっと、今の時間は12時過ぎか、こんな時間に誰だ?


 スマホの画面を見ると、先輩からのメッセージが来ていた。

 内容は『今日からあげパーティね』と簡潔なものだった。

 先輩のメッセージに思わず笑みが溢れ、イライラなぞどこ吹く風だ。


「了解です、お任せくだせえ、とー」


 先輩に返事のメッセージを送信し、冷蔵庫を開ける。

 鶏もも肉は少ししかない。

 仕方ない、買い出しに行くか。






 買い出しも終わって、再びゲームに没頭していたところでチャイムが鳴った。

 インターホンの画面には茶髪にショートボブの無表情な女性が映る。

 解除ボタンを押下し、玄関の鍵を開けていつものように待つ。


「来たわよ」


「お疲れ様です、水蓮先輩」


「ん」


 言葉数少なくソファに美しい所作で腰掛ける先輩。

 この女性の名前は篠原 水蓮しのはら すいれん、俺の大学時代の一個上の先輩で、現在大企業の受付として勤務している超絶美人だ。

 大学では高嶺の花として名を馳せていたが、ジャンクな食べ物が大好きという、俺と似た味覚を持っていることを知ってから急速に仲良くなった。


「それにしても、先輩はどうして今日は唐揚げを欲してたんです?」


「お昼休憩のときにコンビニに行こうとしたのだけれど、営業職みたいな二人組がいて、多分上司の方が物凄く怒っていたの。そこで『お前の頭は鳥頭か』って言っていたの。もうこれは唐揚げを食べるしかないじゃない?」


「なるほど、鳥頭から連想した訳ですね。じゃあ早速作り始めるんで、水蓮先輩はゆっくりしててください」


「せっかくだし調理過程を見させてもらう。そこでお腹をより空かせて食べる唐揚げは絶品のはず」


「了解です、油跳ねにだけは気をつけてくださいね、もし先輩の顔に火傷なんて負わせようもんなら世の男性陣から殺されちゃいますからね」


「そこら辺の有象無象はどうでもいいわ。でも、ありがとう」


 そう言いながら先輩は顔を若干俯きながらキッチンに近寄ってくる。

 さて、唐揚げの準備を始めるか。


 先程スーパーで買ってきた唐揚げ用の鶏もも肉と調味料類を冷蔵庫から取り出す。

 唐揚げ用のものを買えば最初からいい感じのサイズに切られているのが助かるよな。

 鶏もも肉を4つのタッパーに分けて入れていく。


「何で4つにしたの?1つでいいんじゃない?」


「せっかくの唐揚げパーティですからね、色んな味で楽しみましょう」


「そういうことね。楽しみ」


 先輩が微笑んだところで、まずは1つ目のタッパー。

 こちらには普通の醤油と酒を同じだけ入れる。

 そして2つ目のタッパーには九州醤油と酒を同じだけ。

 3つ目のタッパーには塩麹と少し多めの酒を。

 4つ目のタッパーには塩胡椒を下味程度にかけておく。


 このタイミングで油の温めを始める。

 サラダ油9割に対してごま油を1割がベスト配合だ。


 コンロの火をつけた後、1から3のタッパーへチューブのにんにくを思ってる倍、チューブのしょうがを思ってる量垂らしていく。

 そしてボウルに卵を2つ割り入れ、よく溶く。

 その卵液を全てのタッパーに注ぎ、タッパーの中身をよく混ぜておく。

 次に、小麦粉3割、片栗粉7割の割合で各タッパーに入れ、馴染むまで混ぜて、漬け込みを開始する。


 その間にキャベツの千切りを大量に作っておく。

 余ったらお好み焼きとかにすればいいしな。

 さて、そろそろ油は大丈夫かな?

 菜箸の先を油に入れ、泡が思っていたくらい出ていることを確認。

 これなら大丈夫そうだ。


「お箸を油に入れた理由は?」


「泡の加減で今何℃くらいなのか分かるんですよ。今がそうだな、180℃くらいだと思います」


 ふーんと小さく先輩は頷く。

 そんじゃ揚げ始めるか。

 1のタッパーの鶏肉を取り出し、鶏皮が全体を包むように丸めてから油に投入。

 そして1のタッパーの分を全て油に入れ、3分程揚げる。

 いいきつね色だな。

 油から取り出し、少し油の温度を上げてから2のタッパーの分も同じように丸めて揚げ始める。


「もう食べられる?」


「すみません、二度揚げするんでもうちょい待ってください」


「殺人的な香りの中ステイだなんて、キミは悪い子」


 全ての鶏肉の二度揚げが完了し、大皿に盛り付ける。

 しかし、一つ忘れていた事に気付いた。

 カップにポン酢と麺つゆを同量、砂糖を少し入れてレンジで温める。

 その間にらっきょうをみじん切りにして、小皿に入れておく。

 よし、これで完成かな。


「水蓮先輩、出来ましたよ」


「ん、お腹空いた。早く食べよう」


「「いただきます」」


 先輩と俺はまず1の普通の醤油の唐揚げを食べる。


「ふふ、美味しい」


「我ながら美味いっすね!でも先輩、これで終わりじゃないんですよ?」


 笑顔の先輩を更に笑顔にすべく、取り出したるは某新鮮な卵のみを使ったピュアなマヨネーズ。


「この唐揚げなんですけど、全部マヨネーズをぶっかける前提で味付けされてるんですよね」


「唐揚げにたっぷりのマヨネーズ、なんてジャンクで背徳的なの…」


 先輩は恐ろしいものを見るかのようにそう言うが、口元の笑みは隠しきれていない。


「ほら、水蓮先輩、マヨでいっちゃってください」


「仕方ないなぁ、キミがそれだけ言うからだよ?」


 あくまで俺のせい、というフリを完璧にこなした先輩はマヨネーズをたっぷりつけて唐揚げを食べた。

 幸せそうに味わい、咀嚼し切ると先輩は喋り出す。


「これは罪の味ね、なるほど、たっぷりのキャベツはご飯の代わりに唐揚げと一緒に食べるためだったのね」


「そういうことです。まあマヨばかりじゃアレなんで、たまにはレモンとかで味変しながらやっちゃってください」


 先輩は2の九州醤油の唐揚げも3の塩麹の唐揚げも美味しく食べてくれた。

 この唐揚げは中高生が部活帰りに食べたらご飯止まらないだろうな。

 ふと先輩を見ると、テーブルの一点を見つめていた。


「質問なのだけれど、このポン酢と麺つゆで作っていたタレ?みたいなものは何?」


「水蓮先輩は4番目に作っていた、ろくに味付けもしてない唐揚げを覚えてますか?」


「覚えているわ。てっきり、あえてあっさりめのものを作ったのかと思っていたけれど」


「違うんですよね、その唐揚げをこのタレにつけてよーく馴染ませて、その上にマヨネーズとみじん切りのらっきょうを乗せて食べてみてください」


「あら、そういうこと。簡易版のチキン南蛮ってところかしら?」


「ご名答。さあさ、ガブっといっちゃってくださいな」


 俺への返事もせず、勢いよくチキン南蛮もどきを口に運ぶ先輩。

 味は先輩の顔が物語っている。


「これもこれで美味しいわね。確かにちゃんとしたチキン南蛮とは違うのだけれど、らっきょうもいい感じにアクセントになってるわ」


「世の中にはピクルスじゃなくてらっきょうで作るタルタルソースもあるそうですからね。即席の割にはイケますよね」


「そうね。それと、申し訳ないのだけれど…」


「ビールですよね?ささっ、どうぞどうぞ」


「ふふっ、ありがとう」


 そうして、俺と水蓮先輩は唐揚げをアテにビールを飲み始めた。

 マヨネーズ前提の味付けということは味が濃いということ。

 ビールが合わない訳がない。

 飲み始めてしばらく経った頃、すっかり顔が赤くなった先輩が口を開く。


「ねえ、もういっその事よ?私のところにお嫁に来ない?」


「何言ってるんですか先輩、これでも俺は男ですよ?」


「知ってるわよ、それに私に気のない男なんて滅多に見た事ないからキミもそうなんでしょ?」


 先輩はモテにモテまくる人生だった事は容易に理解している。

 だからこそ出た言葉だろう。

 正直、気が少しもないとは言い切れない。

 それだけ魅力的なのだから、水蓮先輩は。


「俺が好きですって言ったらどうします?」


「ふふっ、こんなときでも私の事を立ててくれるキミはいい子だと思っているわよ。ちょっとお手洗い借りるわね」


「はい、どうぞ」


 いい子だと思っている、つまりはどういうことだろうか。

 ちょっとしたモヤモヤを抱え、お手洗いから帰ってきた先輩と少し飲み直してからは解散。

 いつものように先輩を家まで送っていく。

 その日は俺も先輩もずっと顔が真っ赤だった。

 これはアルコールによるものなのか、それとも。

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