火曜日① 〜映え?TKG〜

 あまりの蒸し暑さに目が覚める。

 カーテンの隙間から漏れ出る光を確認するに、まだ日中みたいだ。

 時計を確認すると、11時を少し過ぎた頃。

 クーラーはタイマーで2時間前に切れていた模様、そりゃ暑い訳だ。

 この後来客もあるだろうし、とりあえずシャワーでも浴びておくか。





 シャワーを浴び、身支度が済んだ。

 朝兼昼飯でも食べようと思い、冷蔵庫を確認したが、入っている材料は微妙なところ。


「しゃあない、めんどいけど買い出しに行くか…」


 思わず独り言も飛び出してしまうくらいの面倒さだ。

 わざわざ外用に着替えるのも面倒なので、部屋着である作務衣のままでいいか。

 作務衣はいいぞ?何と言うか、着ていて凄く落ち着く。


 出かける前に電子タバコを吸っていると、チャイムが鳴る。

 ネットショッピングで今日届くものなんてあったか?

 インターホンの画面を確認すると、金髪をこれでもかと巻いている女性が映っている。

 頭の中でハテナを浮かべながら、通話ボタンを押下した。


「あれ、凛火ちゃん早くないか?」


「いいじゃないですか別に!それより暑いんで入れてくれませんか?」


「ああすまんすまん、了解」


 インターホンの解除をし、玄関の鍵を開ける。

 吸い終わった電子タバコのスティックを捨てていると、勢いよく玄関の扉が開いた。


「曜平さん、おはようございます!」


「おう、おはよう」


 突然来訪してきた、首元が肩まで空いたオーバーサイズのTシャツを腰元で結び、ホットパンツを履いたギャルは川崎 凛火かわさき りんか

 近所の美容院に勤める、24歳だ。

 客として担当してくれたのが凛火ちゃんだったのだが、ひょんなことから懐かれてしまい、毎週お店が休みの日に遊びに来るようになった。


「それにしても、今日は早くないか?普段は夕方くらいに来るけれど」


「それがですねー、聞いてくださいよ曜平さん!」


 ソファに腰掛けながら、凛火ちゃんは頬を少し膨らませる。


「ウチもさっき起きて、ベッドでゴロゴロしながらとりま日課のミンスタ巡回してたんですねー、そしたらですよ!」


 スマホを弄り、何かを探しながら話を溜める凛火ちゃん。

 その何かを見つけたのか、俺に画面を見せながら話の続きを始めた。


「こげなTKG初めて見たとですよ!オシャレにも程があろうもんって!ウチもオシャレなTKG食べないかんばいって思ったっちゃが、ウチは料理出来んし来ちゃった、みたいな?」


 わざとらしく舌を出して首を傾ける凛火ちゃん。

 興奮すると地元の言葉が出る癖はいつものことなので指摘はしない。

 スマホに映るオシャレなTKGとやらの画像を見てみると、野菜が乗ったものや溶けたチーズが乗ったものが。


「で、俺にオシャレなTKGを作って欲しくて来た訳か」


「そういうことです!どげんかなりませんかね?」


「シックなオシャレさって感じでもいいか?というか、俺からすると別にオシャレとも思わないんだが」


「むー、仕方ないですね。どっちみち今日はTKGを食べる舌になっちゃってるんで」


「了解、準備するからちょい待ちな」


 本来は買い出しに行こうといたが、卵くらいならある。

 冷凍保存していたご飯をレンジで2人前温める。

 その間に必要な卵と調味料を取り出して食卓に並べていると、凛火ちゃんが温め終わったご飯を茶碗によそってくれていた。


「ご飯ついどきましたよ!」


「サンキュー、ていうか凛火ちゃん『ご飯をつぐ』ってそれ実は方言って気付いてた?」


「えっ?嘘?恥ずかしかー。標準語では何て言うんですか?」


「ご飯は『よそう』って言うんだよ、まあ俺には博多弁でも通じるから構わんけれども」


「へぇ、知らなかったです。こういうことがちょくちょくあって困るんですよねー。こっちに来て今の店に入ってすぐの頃、床に散らばる髪を掃除しようと思って『はわいとくんで道具の場所教えてください』って言ったら全く伝わらなかったんですよね」


 確かに『はわく』は通じないだろうな。

 標準語で言うところの掃除の『掃く』という意味を指すんだよな。

 父方の祖父母が博多に住んでいて、子供の頃の夏休みに泊まりに行ったりしてなかったら俺も理解出来なかっただろう。


「まだこっちに来て半年とかだろ?これから覚えていけば良いさ。ほら、TKG作ろうぜ」


「ありがとうございます!そうですね、ウチまだ何も食べてなくてお腹空いた…」


「よっしゃ、とりあえず俺の手順に合わせて同じようにやってみてくれ」


 凛火ちゃんが俺の手元に視線を向けたことを確認し、俺も手を動かし始める。


「まずは卵を割るんだが、白身だけを茶碗に入れて黄身は別にしておく」


 説明しながら工程を進めるが、凛火ちゃんは固まっている。

 これは白身と黄身を分けられないんだろうな。

 無言で手を差し出すと、顔を赤らめながら卵を渡してくるので、代わりにやってあげる。


「次はご飯と白身を軽く馴染むくらいに掻き混ぜてくれ」


「分かりました!それくらいなら流石に出来ますんで!」


 そう言いながら、箸で掻き混ぜる凛火ちゃん。

 いい感じに馴染んできたな。


「よし、次はマヨネーズをちょこっとだけ垂らして、化学調味料を塩なら致死量入れて再び掻き混ぜる」


「致死量!?それって大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫、身体に悪いってのは迷信だし、足してるのはうま味だけだから。もちろん、入れ過ぎたら逆に不味くなったりはするが」


「致死量で入れ過ぎてないってのがよく分かりませんが…」


 結局、凛火ちゃんは俺の三分の一程度の化学調味料を振りかけた。

 何でちょっとしか入れないんだろう。

 ある程度のラインまでは化学調味料なんて入れれば入れるだけ美味くなるのに。


「掻き混ぜ終わったら、ご飯の真ん中に黄身を乗せる。ちょっと凹ませてポケットみたいなものを作るといい感じになるぞ」


「おー、シンプルですね!ここからどうオシャレになっていくんですか?」


「えっ?もう醤油垂らして終わりだけど?」


「よーく考えたら曜平さんにオシャレご飯を期待した私がバカでしたね…」


「失礼な、シックな感じって言ったじゃないか。ほら、ちゃんと九州の甘い醤油もあるから」


 俺もTKGには九州の甘い醤油を垂らす。

 祖父母からわざわざ送ってもらったものだ、実家でも使っていたこともあって、この醤油を手放せなくなってしまった。


「わーい!やっぱり醤油は甘いに限りますね!こっちで初めて醤油を使ったとき、脳の動きが止まりましたし…と、これで完成ですかね!」


「おう、完成だ。そんじゃ食うか」


「「いただきます!」」


「危ない、食べ方にも一工夫あるんだ、ちょい待ち」


「ほへ?」


 俺は出来上がったTKGの黄身を崩し、ご飯の表面に満遍なく塗っていく。

 そしてご飯を箸で掻き分け、掻き分けた部分だけをズルっと口に流し込んだ。


「やっぱTKGはこう食うに限るな」


「なるほど、毎回黄身の部分も口に入るように計算されてる訳ですね!それじゃあウチも…」


 パシャパシャとTKGをスマホで写真に収め、俺と同じように凛火ちゃんも箸を進める。


「美味しかー!あれ?いつものTKGより滑らかな気がします」


「少しだけ入れたマヨネーズの油分がそうさせてくれるんだ。原材料に卵も入ってるし、TKGの卵の味も邪魔しないし、悪くないだろ?」


「ですね!いくらでも食べられそうです」


 そうして俺達は無言でTKGをズルズル食べていく。

 程なくして茶碗の中が空になる。


「「ごちそうさまでした」」


「うい、お粗末さん」


「せっかく頂いたし、ミンスタに載せますねー」


「好きにしな」


 凛火ちゃんは今日イチの笑顔を見せると、スマホと睨めっこを始めた。

 時計を確認してみると、まだ13時。


 その後、俺達はバラエティ番組のネット配信されているアーカイブを見ながら過ごし、夕方には凛火ちゃんを家まで送り、買い出しを済ませて帰宅し、ゲームのプレイを始めるのだった。


 凛火ちゃんがミンスタに投稿していた画像のタグに『#すきぴご飯』と付いていたことを俺が知るのは、しばらく後のことだった。

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