絶品男飯を色んなヒロイン達に食べさせるラブコメ

松本カブレラ

月曜日① 〜ピリ辛サラダそうめん〜

 ピンポーンとチャイムが鳴る音がする。


 蝉の喧しい鳴き声が聞こえなくなったと思いきや、もうこんな時間か。

 それまでプレイしていたゲームをポーズ状態にし、インターホンに映る人物を確認した後解鍵ボタンを押下する。

 インターホンに映っていた人物がスムーズに部屋に入れる様、玄関の鍵を開けておく。

 リビングに戻って身体を伸ばしていると、思わず声が漏れてしまう。


 さほどの時を待たずしてガチャリと玄関の扉が開く音がし、訪ねてきた人物の声がする。


「はーしんど。適当に飲み物もらうわよ?」


 この人物、もとい勝手に人の家の冷蔵庫から玄米茶を取り出して一息入れている女の名前は和田 皐月わだ さつき

 いつもの様に肩まである黒髪を頭の後ろで縛ったポニーテールスタイルに、細めの黒縁メガネが似合っている。

 背は高く、よく言えばスレンダー、悪く言えば平面的な体型にパンツのスーツ。

 地味めな見た目からは信じられないくらい口の悪い女だが、最も、本性は世間には隠して無口なキャラを演じている。

 幼稚園から高校までずっと同じクラスだった、所謂幼馴染兼腐れ縁といったところか。


「そういうのは家主の許可を得てからじゃないのか?」


「何よ、どうせアンタに聞いたところで結果なんて聞かなくても分かるわよ」


「それもそうだな」


 聞かれなくとも結局お茶を出していただろう事がバレていることに苦笑する。

 俺、工藤 曜平くどう ようへいとの関係は、えっと、今の俺が26歳だから23年にもなるのか、最早知らないことの方が少ないまであるな。


 皐月がソファに深く腰掛けたのを確認し、俺はキッチンに移動して換気扇を回し、電子タバコの電源を入れる。

 電子タバコを吸いながら皐月の方を見ると、いつもより疲れているように見える。


「おい皐月、お前ひょっとして体調少し悪いか?」


「流石は幼馴染ね、正解。でも大丈夫、多分ただの夏バテだし」


「夏バテってことは食欲はあんまりない感じか、別に無理して来なくても良かったんだぞ」


「何言ってんのよ、絶賛ニート生活満喫中のアンタをほったらかしといたらご飯も食べずにゲーム三昧じゃない。毎週ちゃんと顔を見に来てやってるアタシに感謝して欲しいくらいよ」


 こればっかりはその通り過ぎて、ぐうの音も出ない。

 俺はブラック企業を辞めて、優雅な一人暮らしニート生活を満喫している。

 そんな俺を心配してか、母親から頼まれて皐月は毎週月曜日の終業後に俺の家まで律儀に来てくれている。

 まあ、その代わりに晩飯を毎回作ってやってる訳だが。


 冷凍庫を開き、おでこに貼る冷凍ジェルシートを取り出し、皐月に渡す。


「とりあえずこれでも貼ってゆっくりしとけ。今からサッパリしたもん作るわ」


「気が効くじゃない、うん、ありがとね」


 皐月は冷凍ジェルシートをおでこに貼り、メガネを外して天井を見上げる。

 全く、いつもこれくらい塩らしくしてれば可愛げがあるものを。


 冷蔵庫を開け、今日のレシピを考える。

 皐月は夏バテであまり食欲がないみたいだが、むしろ夏バテな時程しっかりと食べなければならない。

 そんな皐月に何を食べさせるか、しばらく考えた後に答えが出る。


「皐月、15分くらいで出来るからゆっくり休んでてくれ」


 皐月に声をかけると、皐月は弱々しく左手を挙げて軽く振る。

 その姿を確認した俺は、早速冷蔵庫からサラダチキン、トマト、キャベツ、きゅうり、大葉を取り出す。


 鍋にたっぷりの水を入れ、火にかけながら具材の下拵えをする。

 まずはサラダチキンを手で食べやすい大きさになるまで裂いておく。

 トマトはヘタを取り除き、くし切りに。

 キャベツときゅうりに大葉は千切りにする。


 鍋の水が沸騰したら、そうめんをほぐしながら投入。

 再沸騰し、吹きこぼれそうになったら火を止める。

 ザルにそうめんを移し、氷水でしっかり揉んでおく。

 そうめんの水気をこれでもかと切り、深めの皿に盛り付け、その上に切った野菜とサラダチキンを適当に乗せる。


 そして、今回の味の決め手として冷蔵庫に入っていたピリ辛中華ドレッシングをそうめんにぶっかけ、これでもかと白ゴマと冷凍していたネギを散らせば完成だ。

 おっと危ない、俺の分にはごま油をたらりと垂らしておき、本当の本当に完成だ。


「皐月、出来たぞ」


 食卓に配膳し終わったタイミングで皐月を呼ぶ。

 メガネを掛け直し、皐月は無言で椅子に座った。

 その間に俺は冷蔵庫から秘密兵器を取り出し、温かいお茶を淹れてから、椅子に座る。


「今日のメニューは『ピリ辛サラダそうめん』だ。入らなかったら残してもいいからな」


「食べやすそうなメニューじゃない。ありがとう」


「「いただきます」」


 俺と皐月はまるで鏡のように同時に合わせた手を崩してからお茶を飲み、そうめんと野菜を一緒に啜る。


「美味しい」


「そっか、そりゃようござんした」


「これ何で味付けしてるの?冷やし中華みたいな酸っぱさもあるけど」


「これな、なんと市販の中華ドレッシングぶっかけただけなんだぜ」


「へぇ、ドレッシングって野菜だけじゃなくてそうめんにも合うのね」


「意外っちゃ意外だろ?まあ、成分的に中華ドレッシングも冷やし中華のタレもあんまり変わらんからこそ成せる技だ」


「ふーん」


 そう言いながら、皐月はちゃんたと食べてくれている。

 夏バテもそこまで酷くはなさそうで何よりだ。

 安心したので、そこで俺は秘密兵器を取り出すことにした。


 秘密兵器とは、瓶で売っているタイプの食べるラー油。

 これを一瓶丸々ピリ辛サラダそうめんにぶっかけていく。

 美味そう過ぎるだろ…。


「アンタまた身体に悪そうな食べ方して…」


 皐月は若干引きながらそう言った。


「うるせえ、飯なんて身体に悪ければ悪い程美味いんだよ」


「何回も聞いたわよ、知ってるけどアンタを心配して言ってあげてるんでしょ?全く、それさえなければ…」


 呆れた皐月を無視して激辛サラダそうめんを啜る。

 食べるラー油のザクザク感がたまらん、幸せ過ぎる。


「皐月も味変したかったらこれ使えよ」


 そう言い、秘密兵器第二号のキムチを渡す。


「酸っぱ辛いこのそうめんにはピッタシね、少し貰うわ」


 皐月はキムチを少し取り、そうめんと一緒に口に入れる。


「うん、入ってる野菜とも違う食感でいいわね」


「だろ?まあ、とりあえず食え食え、そして夏バテも治せ」


「ありがと」


 その後、俺と皐月は無言で食事を取った。


「「ごちそうさまでした」」


「お粗末さん、全部食べられたみたいでよかったわ」


「まあ何とかね、ちょっとゆっくりさせてもらうから」


「おう、俺達の仲だ、今更気にすんな」


 俺が苦笑して答えると、皐月は微笑みながらソファに腰掛けた。

 皐月と身体が触れるか触れないかの距離に俺も腰掛け、先程中断していたゲームに取り掛かる。

 無言でゲームをプレイする俺、そして無言でその画面を見ている皐月。

 何も喋らずとも、この雰囲気を俺は好ましく思っている。

 皐月はどう思っているか、それだけはいくら仲が良くても聞けないものだ。


 毎週月曜日の夜は、日が変わる頃に皐月が帰るまで、そんな感じで更けていく。

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