〝彼は消沈した〟

2


「どうしてこうなった」


 『占い師シェヘラザード』の店を再び訪ねてきたアーノルドが、低音でつぶやいた。

 従者の二人、ウィスカーとヨハンが後ろで黙って控えている。


 アーノルドは、店に入ってきたときから既にひどく落ち込んでいた。

 うつむいたまま床のクッションにどかりと腰を下ろすと、両手を組んで額を支え、長いため息を吐いた。

 そして出てきたのが、先程の台詞だ。


 沈黙が長いので、そっと声をかけてみた。


「…殿下?」

「シェヘラザード殿、お待たせしてすみません。初対面の女子から出会い頭に全力で拒否されるなんて、殿下には初めての経験ですので」


 ウィスカーがしれっと解説すると、アーノルドは首だけ勢いよく振り返って彼を睨んだ。動じることなくウィスカーが言う。


「そこで『おもしれー女』とでも思えれば、次の展開があるのではないですか?」

「思えるか!」


 アーノルドはウィスカーを一喝すると、矛先をこちらに向けた。


「シェヘラザード、なぜ彼女が候補者なんだ? お前が言ってた話とは大分印象が違っていたぞ」


 ビビアンは、この国にいる彼と同世代のゲストの一人だ。WTから渡されたプロフィールによれば、ある意味アナスタシアと対の存在だった。だからアナスタシアが「王太子の婚約者」の座から降りた場合、次に最有力候補になるのがビビアンなのは当然だった。だがそれは管理者にとっての論理だ。住人に話せることではない。

 せいぜい言えるのは、ビビアンの前世に登場する王太子が彼女にいだく印象は、奇しくもウィスカーの台詞と一致しているということくらいだ。


「…ビビアン嬢は本来の資質を隠しておいでです。その資質に触れれば、殿下も彼女に新鮮な印象をいだかれるのではないかと」

「そうなのか? 俺の友人らから評判を聞いたが、あまりピンとこないな。木登りくらいなら珍しくもないが、ティモシーが『同類の臭いがする』と言ってるのが逆に不穏だ」


 ウィスカーがまた口を挟んだ。


「そこを『おもしれー』と思うのが通では」

「しつこいぞ。そんなのは、美食が過ぎて悪食に走るなどと同様の、ろくでもない経験をし過ぎたただれた奴が言うことだ」

「はいはい、殿下もぜひ豊富な経験を積んでいただき、殿下なりの『おもしれー女』を見つけていただきたいですね」


 アーノルドはうんざりした顔で手を振り、ウィスカーを黙らせた。


「さっそく依頼のやり直しか。大丈夫なのか、シェヘラザード」


 彼は気を取り直して、懐から一枚のコインを取り出し私の前においた。

 このコインは、前回取り決めた依頼の契約書だ。これを示せば私は何度でも探し直すという取り決めだ。

 実は、契約内容をたがえないよう書面にしてサインを交わしていたが、内容が内容だけに書面のまま保管するのは憚られた。そこで私は契約書をコインの形に作り変え、暗号により書面を投映できるようにした。住人の認識では、精霊魔法か凝った手品の一種と解釈するだろう。


「私は情報提供するだけです。達成するには、殿下とお相手双方の努力が必要です」

「月並みな正論だな」


 アーノルドが鼻を鳴らす。


「自信をお持ちください。殿下は王族として申し分ない資質をお持ちです。心身ともに優れていらっしゃり、知性や人徳もおありです。見目もよろしくマナーも完璧、いざという時女性を守れる実力もおありなので、一人の男性として十分魅力的に映るでしょう」


 実際のところ、アーノルドのスペックは高い。

 大抵のゲストのプロフィールでは、彼女たちは王侯貴族を相手に不遇な思いをさせられている。箱庭でやり直す時により良い結果を得られるように、対象となる住人は優れて魅力的な人物として生まれてくる傾向にある。彼もまたそうした一人で、まだ発露しきれていないようだが私の見立てが正しければ、ゲストが求める資質はほぼ全て備わっているはずだ。


「やめろシェヘラザード、褒め過ぎだ!」


 アーノルドは湯だったように赤くなり、しきりに顔を手で拭った。

 私からすれば事実を述べたに過ぎない。能力を自覚してしっかり使いこなすことで、課題が捗るようになってほしい。


 さて、この箱庭にはまだ数人ゲストがいる。

 プロフィールに因縁がある『前世持ち』のゲストでは、前世で失敗した相手との関係改善に邁進するよりも、そもそもその相手を忌避する傾向が強いことがはっきりした。今後はなるべく前世の記憶がない相手がいいだろう。

 水晶玉に検索結果が表示された。


「殿下は、聖女信仰についてご存知ですか」

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