ビビアン 〜タイヘン!やらかしちゃった!!

* * *


「あの、あたし、アナスタシア様のファンです!」


 善は急げで、また一人っきりになってるアナスタシア様を見つけて、あたしは突撃した。

 なんかすごい戸惑ってる感あるけど、もうひと押し。そしたら離脱よ。


「…お姉さまっ」


 あっ。


 あ…あ…やば…

 このルート、あったわ。


 アナスタシア様は顔をこわばらせ、そしてすごい形相になった。


「っすみません! 今のは嘘です! 忘れてください! 二度と言いません!!」


 あたしは平謝りして、また逃げ出した。


 …はあ、はあ。

 ああ、やっちゃった…。思い出した…。

 あたしがアナスタシア様を「お姉さま」と呼んで親密になる、それは禁断の隠しルート。

 あたしが攻略対象になっちゃう「百合と見せかけてフレネミー」ルートよ!


 隠しだけあってかなりの難易度。主にプレイヤーのメンタルがシナリオに耐えきれるかという意味で。

 それでもグッドエンドとバッドエンドのどっちもクリアしたけどね。


 ビビアン(あたしだ)はアナスタシア様の悪評を撒く一方で、ぎりぎりまで彼女を「お姉さま」と呼んで慕うふりをしてたの。通常の各ルートではそんなにクローズアップされないけど、殿下ルートから分岐したこの隠しルートではこれガチだったって解釈で復讐劇が進むの。アナスタシア様の策略で、ビビアン(だからあたしだ)は殿下やハーレムを捨て、本当はアナスタシア様に心を向けていたことを認めるの。告白と謝罪の言葉を聞いて、アナスタシア様はとても美しくて恐ろしい笑みを浮かべるわ。もうイチコロよ。そして、二人で国外へ駆け落ちすることにする。


 ここからがグッドとバッドに分かれる。


 グッドでは、アナスタシア様は本当は全てを壊したビビアン(しつこいようだがあたしだ)を深く憎んでいて、誰も知らない国のどこかの屋敷に閉じ込めて奴隷にする。そしてすごく蔑んだ目をしながら伽の相手をさせるのよ。一生そういう二人の世界よ。どこがグッドだって? 一応生きてるからマシなのよ。


 バッドはね、怖気づいたビビアンが土壇場でアナスタシア様を売ってしまうの。駆け落ちは失敗し、将来の王太子妃(まだ言うけどあたしだ)をかどわかした魔女としてアナスタシア様は処刑されるのだけど、最後に真実あたしを愛してたって目をして許しながら死んでいくの。それを見たあたしはついに心を壊し、修道院で人形みたいに世話されながら永らえるの。正ヒロインが死ぬんだからバッドでしょ。


 この最凶に濃くて鬱い、決して開けてはいけない禁断の扉を、あ、あ、あたしは今…


 ノォオオオーーーーーっ!


 ゲームならまだしも、生身で体験するのはヤバすぎる!!

 ダメ、このルート絶対ダメ! 今すぐイマジナリークソお父様のジャイアントスイングで吹き飛ばすわよ!


* * *


 あのさあ。


 こちとら戦々恐々とルート回避に努めてんのに、じわじわルートの方から寄ってくるっていうこのシナリオ強制力、エグくない?

 「アナスタシア様とアーノルド殿下が婚約解消した」って噂、一体何なの?


 ゲームの婚約「破棄」とどう意味が違うかわかんないけど、時期も早すぎる。

 やっぱり復讐劇始まっちゃうの? でも遠くから見る限り、アナスタシア様はそんなこと考えてそうには見えないわ。

 なんで解消なんかしたんだろう。

 まさか、アナ様がこの間のお姉さま事件を真に受けたってことは、ないよね…? あの形相なら百パーないって。あの人にそんな属性はない。わかる。なら、殿下の耳に入ったとか…?

 ん? ん? その場合、殿下の女にちょっかい出した魔女はあたしになるってこと? え、あたし処刑されんの!?


 …………。


 ハッ。

 ちょっと思考が止まってたわ。いやいや、大げさに考えすぎ。


 はあー。あたしはなんでこんなにのたうち回ってんのかなあ。

 大体おかしいじゃない。やり直してんのはあたしなのに、あたしに都合のいいことが何にも起きてなくない?

 持ち前の愛くるしい魅力を封印してまで、モブとして息を潜めているのに、結局振り回されてばっか。

 正ヒロインのための生贄って、損だなあ。クソお父様への拳にも力が入んないわ。

 今生でなにかする気はないんだから、アナ様も殿下も黙って婚約しててくれりゃあいいのに。


 目の前にいたら、なんか一言言っちゃいそう。


 と思った瞬間に、廊下の角から殿下とご学友――ロナルド様とオリバー様――が現れた。

 彼らはこっちに曲がってきたので、立ちすくんだあたしが進路を塞ぐ形になってる。


「君は…?」


 あたしが黙って睨むもんだから、殿下は知り合いだったか思い出そうとしてる。

 ごめん、ほぼ面識ないです。その努力は不毛です。


「転入生の、えー…オリアリー子爵令嬢ではないですか? ティモシーのクラスの」


 その横で際立つロナルド様の記憶力。


「木登りの」


 オリバー様、それは忘れて!


「ああ、君が…くだんの『転入生』なのか…」


 見なさいよ、それで定着しちゃってるじゃない!

 取りあえず処刑する気はなさそうだし恥かきついでだわ、もう愛想なんかいらないや。あたしはもう一度殿下をキッと見据えた。


「殿下、あなたはひどいです」

「えっ」


 殿下は二人に、俺は何もしてないよ?――って感じの目配せをした。


「なんでアナスタシア様と婚約解消したんですか?」

「……」

「おかげでこっちは迷惑してるんです」

「…彼女が何か言ったのか? 君は、彼女と親しいのか?」

「親しくなんかありません!」

「は?」

「あたしはアナスタシア様と親しくするつもりありませんから! 殿下とも、他の皆様とも関わりたくありませんから! だから黙って婚約してたらいいじゃないですか!」


 あたしの剣幕に、ロナルド様は殿下をかばいオリバー様はあたしを下がらせようとした。

 戸惑う殿下は、ロイヤルな空気なんかどっか行っちゃってただの男の子みたいに見えた。


「話が見えない」

「とにかく! あたしに金輪際関わんないでください! 特に殿下は一番ダメです!!」


 構わずあたしは言い切る。超簡易版カーテシーをして背を翻すと走り出した。


 もうどうにでもなれよ。クソお父様に百裂拳よ。お父様は十五年もあたしをほったらかしてたんだから、あたしの拳をすべて受ける義務があるのよ。今そんな話じゃないけどそれもどうでもいいわよ。

 ばたばたと走ってくあたしの耳に、殿下のつぶやきだけがやけにはっきり届いた。


「い、一番…ダメ…?」

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