ビビアン 〜ヤダヤダ!絡んで来ないでよ!

* * *


 おかしい、何かがおかしい。

 なーんで毎日のようにあの連中と顔を合わせるの? これがシナリオの強制力?


 ティモシー様は同じクラスだからなるべく遠巻きにしてるのに、あたしが勉強なんかどうでもよくって玉の輿を狙う田舎貴族の娘だってことをすっかり見抜いてて、すれ違いざまに「君ならいい線狙えるよ」なんて耳打ちしてくんのよ。そのくせ内心は「じゃああなたを狙うわ」って言われたいのをこっちだってお見通しだっつの。


 ちょっと廊下で迷ってたらピート様が現れて、「ここは上級生のエリアだよ」って優しく教えてくれるフリしてナチュラルに壁ドン体勢に入ろうとするし。そういやこの人お色気担当だったわね。けどこっちもその程度でときめくほどウブじゃないわよ。これがアナスタシアだったら別の意味でゾクゾクするけどね。…って、んなことよりもう授業始まってんのよ、悪目立ちしたくないのよ。てか、あんたもサボりってことじゃない。何やってんの。


 補習対策に図書館行けば、本棚探してうろうろするあたしを見かねてロナルド様が案内してくれようとするし、あたしの頭の程度に合う本も選んでくれて「奨学生なら頑張らなきゃね」ってなんか励まされた。秀才キャラの物言いって、ほんと的確に神経逆撫でしてくよね。


 どこに行っても連中に会いそうで怖いから、奥まった中庭の端っこまでわざわざ行ったのに、ああもうオリバー様ってば! なんでピンポイントでここにフットボールのボールを飛び込ませるかな!? しかも、いっそ木にでも登ろうかって足をかけた瞬間にさあ! 奇特な令嬢として印象残っちゃうじゃん! 赤くなんなくっていいよ!

 あーあー遠くで殿下が待ってるし。とうとう初対面イベをコンプなの? いや、あたしビビアン、NOT主人公だからイベントじゃないか。しょっぱ。

 でも殿下はあたしを一瞬見ただけで、すぐ背中を向けてオリバー様を急かして行っちゃった。まるで関心なしって感じね。グッジョブよ。ひょっとしてあたしが困ってんの察して、オリバー様を離してくれたのかな? さすが正ヒーローは格が違うわね。


 おっと、あたしが絆されそうになってどうすんの。ないない! 殿下は鬼門!


 ちなみに殿下のルートでは、アナスタシアは改心とか惚れさせとかは一切しない。そりゃそうよね。積年の苦労を水の泡にした浮気者の心を、今更取り戻したくなんかないじゃん。

 それに正ヒーローの真価は、何があっても心が折れないことよ。ビビアンを彼のヒロインと信じて愛した以上、最後まで信じ抜き守り抜こうとするの。そういう行動を取るからこそ追い込まれてボロボロになる、そんな罠をアナスタシアは張るわけ。

 むしろビビアンの方が音を上げて、殿下に本性を見せても逃げ出そうとしても、決して手放してくれない。ヤンデレてんじゃないのよ、その本性すら受け入れて愛そうとするのが殿下の恐ろしいところよ。王族の器どんだけよ。

 つまり、殿下に捕まったら最後、あたしは殿下と一緒に地獄の底に引きずり込まれること確定ってこと。全っ力で拒否させていただきます。

 幸い、今のとこモブとしてしか見てなさそうだから、この距離感を維持しよう。

 何があってもスンっとして、決して盛り上げさせないわ。


* * *


 そういえば、アナスタシアも見てないわね。願ったり叶ったりだけど。

 あたしとの出会いは、アナスタシアの回想で出てくる。確か田舎貴族でマナーも頭も悪いからって周りから孤立したところを、見かねて手を差し伸べてくれたのよね。彼女にマナーを教えてもらって、つながりで殿下のご学友らに教養を教わって、それが彼女のあだになっちゃったわけだ。


 でも今は、つまり今生は別に孤立してないわ。モブとして当たり障りのない言動に徹して、つるむ相手も似たような小者貴族を選んだから。この調子なら、うっかりアナスタシアに接触しても不憫がられなくて済むんじゃないかな?


 あたしがゲームでアナスタシアの滅すべき敵になったのは、殿下や皆を奪っただけでなく、その手段として彼女の悪評を有ること無いこと振り撒きまくったからなのよね。つまり、彼女を社会的に殺したわけ。だから復讐として、命は取らないけど同じように社会的に抹殺するの。されるの、あたしが。

 もう、こういうこと考えるだけでも背筋が寒くなってたまんないわ。


 とぼとぼと廊下を歩いてたら、何か聞こえた。笛っぽい、曲?

 あ、あそこ音楽室だ。放課後だから誰か練習してんのかな。

 廊下に面した窓から見えるのは…アナスタシア様だ。やば! あ、でも気づかれてない。

 フルートを練習してるんだ。曲のイメージに集中してるのか、目を閉じてる。

 ふうん…。こうして他人事として見てれば、優雅で完璧なご令嬢様よね。

 午後の黄ばんだ日差しで、豊かなティーブロンドが乱反射みたいに輝いてる。

 細くて長い指がなめらかに動いて、銀の管から途切れなく音を送り出している。

 時に伸びやかに、時に繊細に震える音色が彼女の息遣いを包み隠さず伝えてる。


 ああ、綺麗だな。


 あたしとはまるで違ったタイプの魅力だけれど、あんな風になれたらってつい思わされちゃう。そこも含めての魅力なのね。


 じっと横顔を眺めていると、彼女が薄目を開けた。演奏を続けたまま、視線だけを動かしてこちらを見た。


 …め、目が合った。音も、止まった。明らかに一瞬驚いたようだったけど、身じろぎもせずすうっと目が細まった。


 ぎゃーーーーー!


 あたしは今度こそ背筋が冷たくなって、一目散に逃げ出した。


 …はあ、はあ。

 ややややっぱり、今の時点から警戒されてんのかしら?

 まあそうよね。オープニングの状況に至るまでに、アナスタシア様はおかしくなってく学園を何とかしようとしたはずだもの。その元凶にあたしがいるってことも気づくわよ。

 でもまだあたし、動いてないよ? こ、こ、攻略対象の誰にもコナかけた覚えないよ? 今からあんな目で見られる筋合いないっつの。


 どうしよう。関わらないにしろ、心証悪いのは落ち着かないわ。心の中でクソお父様をエビ固めにしても気が晴れない。


 悪評じゃなくて、いい評判を撒いたらどうだろ?

 …いや、すでに評判高まりきってるか。じゃあせめて、「あたしも」アナスタシア様を尊敬してますってアピールすんのはどうだろう。取り巻きになるのは御免だけど、今日みたいなチャンスがあったらパッと一言言って駆け去るの。そしたらただの無害なファンっぽく見えない? モブらしくっていいじゃん。


 …アナスタシア様に話しかけても、フラグは立たないよね…?

 なんかこんなルートなかったっけ…。

 うーん、思い出せない。

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