第2話 ビビアン

ビビアン 〜ウッソー!転生しちゃった!?

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 はぁい♪ あたし、ビビアン・オリアリー!

 十五歳、学園三年生。

 性格は、人よりちょーっと欲深で、ちょーっと噂好き、ってトコかな?

 あるとき、貧乏な田舎貴族が私を引き取って子爵令嬢にしてくれたんだけど、玉の輿を狙えーなんて言われちゃって、やる気バリバリーって感じ。

 ま、な〜んとかなるか! えへへっ☆


* * *


 なーーんて、のどかに自己紹介してる場合じゃないわよ!

 あ、いや、あたしはビビアンよ? 本当よ?

 てか、なんでマジでビビアンなんかになってんの? これ、転生しちゃってるってことなんだよね?


 ……ま、ま、ちょっと落ち着こう。すうはあ。


 あたしは、ガレンドールの片田舎カランで、母さんと二人きりで暮らしてたの。

 去年母さんは死んじゃったけど、カランの領主で子爵のオリアリー様がやってきて、実は自分は君の父親だ、愛人の忘れ形見の君を引き取る――って言ってきたんだよね。

 ふざけんなよ責任取るのが遅すぎんだよもっと早く母子ともども引き取れよ、って思ったけど心の中でワンツーフック入れるだけで我慢しといたわ。


 実際領主邸に移ったところで、口うるさい本妻と頭の悪い二人の息子がいて、居心地悪いったらありゃしない。

 何か領地の景気も悪くて、あーこりゃ確かにあたしらを引き取ってる余裕なんかなかったみたいだな、って納得しちゃった。だからクソお父様の、王都の学園に奨学金で行ってみるかって話にすぐ乗った。

 高貴で裕福で世間知らずのお坊ちゃまお嬢様がわんさと通ってるんだから、クソお父様に言われなくったって上流階級にグイグイ食い込んで玉の輿に上り詰めてやるわよ!


 てな感じで気合入れまくって、転入初日の学園の門をくぐったわ。


 そしたらいきなり目の前に馬車。ご立派な馬車が昇降口エントランスの前に停まってて、ちょっと邪魔くさいなと思ってたら中から男子生徒が降りてきた。


 わお。


 長い足とサラサラの黒髪に綺麗な身ごなし。これが都会の男の子ね! シュッとしてるぅ。実家のドラ息子どもなんかとは比べ物になんないわ。こういうのよ、あたしが狙いたいのは!


 その男子は、いったん降りると片足をステップに掛け直して、馬車の中に向かって手を差し伸べた。

 ん? まだ中に誰かいんの?


「…シア、さあ」

「……」


 よく聞こえないけど、誰かをエスコートしようとしてんのかしら?


「たかが馬車から降りるのに、いちいちエスコートなんか必要ないっていつも言ってるでしょ」

「俺もいつも言ってるけど、エスコートを受けるのも御令嬢の嗜みだよ」


 ふーん? ツンデレか破滅回避系悪役令嬢と、押しの強い溺愛キャラみたいなやり取りね。

 何さ、朝からイチャイチャしくさって。

 あの男子はもう彼女ありかあ。ちぇっ。


 馬車から相手の子の頭が出て、手を彼の手に乗せた。

 すると彼はにっこり笑った。


「ありがとう、アナスタシア」


 う、眩しい。

 

 数メートル離れて横顔見てるだけなのに、爽やか笑顔の流れ弾に当たったわ。

 こんなの田舎じゃ絶対お目にかかれない。

 目をぱちぱちさせてるうちに、馬車からは女子生徒が降りてきた。

 豊かなティーブロンドの髪、悠々とした足取り。


 あれっ!? あのひとは!? 今、アナスタシアって呼ばれた!?


 そう、その瞬間あたしの頭の中にはこのハイテンションな自己紹介が鳴り響き、そしてすべてを思い出したのよ。


 これ、乙女ゲームの世界じゃん……。


 そう、あたしがこの世界に生まれる前にやりこんだ乙女ゲーム。

 何周もして溜め込んだスチルとムービーをながらスマホで堪能してたら真冬の凍結した歩道ですっ転んで後頭部をしたたか打って! 数時間後に臨終しちゃった間抜けなあたしの未練の丈が、理屈を超えてこの世界に転生させてくれたってことなのね。


 …って、だったらなんでビビアンに転生するのよーっ!


 ビビアンは、一見は小動物系正統派ヒロインよ。

 栗色のふわふわ髪とでっかいハイライトがうるうるな瞳で、守ってあげたくなるビジュアル。田舎者とバカにされても健気に明るく振る舞って、いつしか皆のハートを掴んじゃう。攻略対象五人のハーレムだってたやすく作れるわ。

 でもそれは、ブ・ラ・フ。ただの前菜に過ぎないの。

 なぜならこれは、悪役令嬢こそが正ヒロインのゲーム『至高の花は返り咲く〜悪役令嬢なので華麗にざまぁしてみせますわ!〜』の世界なんだから!!


 そして、今あたしの目の前でイチャつきくさってるあの二人こそが、正ヒロインのアナスタシアと彼女の婚約者である王太子殿下よ!

 確かにあの二人が醸し出す雰囲気は只者じゃないわ。ロイヤルオブロイヤルな気品が乱反射して、こないだまで庶民だったあたしにはまったくもって近づける気がしないわ。


「おはようございます、殿下」

「おはようございます、アナスタシア様」


 硬直してるあたしの周りを、他の生徒達が追い抜きあの二人に挨拶しながら校舎へと入ってゆく。あの二人の姿も見えなくなるまで、あたしは動けなかった。


 だって、だって、あのゲームがどれだけ恐ろしいか知ってる?

 もっかい言うけど、悪役令嬢こそが正ヒロイン。そして健気でいたいけで男子のハートを虜にするビビアン(つまりあたし)がライバルキャラ!


 このゲームでビビアンは、オープニングでそれまで面倒見てもらってた正ヒロインのアナスタシアを裏切って、彼女の婚約者である王太子殿下を筆頭にしたハーレムを作り上げ、婚約破棄させて絶望のどん底に突き落とす。

 そこからアナスタシアの復讐劇が始まるわけよ。あ、ちなみに冒頭の自己紹介は、そんなアナスタシアを煽ってヘイトもらうために流れるのよ。


 もうね、マジおっそろしいよ彼女。ゲームの恐ろしさイコール彼女の所業の恐ろしさよ。

 攻略対象を改心させるばかりかメロメロに惚れさせて、その上で手ひどい目に会わせて捨てるのよ。ハーレムルートもあるけど、いったんハーレムに君臨した上で一人ずつ心を壊していく様はぞくぞくしちゃう。当然仇のビビアン(もっぺん言うけどあたし)は、どのルートだろうと厳しい断罪が待ってるわ。死にはしないけど、死んだほうがマシってくらいの地獄行きよ。


 乙女ゲームっぽくないって? そうよ、多数のイケメンを攻略するけど実は目的は恋愛じゃなくて復讐という異色の病みゲーよ。女の業をとことん煮詰めたような情念どっぷりのシナリオだけど、だからこそ中毒性が高いっていうか…ね、わかるでしょ?


 …………。


 とーにかく!

 そんなビビアンに転生して、一体何の意味があんの?

 ハーレムでウハウハできるのだって、ほんの一瞬じゃん。

 しかも今学園に転入したということは、時系列ではオープニングの一年前っていうことよ。

 ふざけんな運営たかが一年で何ができるよもっと早く前世思い出させろよ! でも運営の顔見たことないから心の中でさえ殴れないな。代わりにクソお父様を脳内でボコっておこう。


 ふう。気はまだ済まないけど、切り替えて回避策を考えなくちゃね。


* * *


 転入一日目は穏便に終わってくれたわね。これからのことを考えると気が滅入る。いっそ学園から逃げ出そうかとも思うけど、宛てもないし、何より玉の輿を諦めるのはイヤ。

 …アナスタシアに関わらないようにしながら、こっそりいい男を見繕うとかできないかな?

 そうなると、彼女の婚約者のアーノルド王太子殿下は、ハイスペ最高峰の御方だけど残念ながら鬼門ね。お触りダメ、絶対。

 他の攻略対象も要注意。何となく、いっぺんでも会ったら勝手にあたしのあざとオーラが発動してハーレムルートまっしぐらって気がしちゃう。


 ちょっとゲームの設定おさらいしとくか。


 アナスタシアと殿下は、現在第四学年の十六歳。つまりあたしの一つ上。

 学年違うってだけでもエンカウント率は下がる気がするけど、そうはならないのが乙女ゲームなんだよね。


 他の攻略対象はみんな殿下のご学友。

 まず、同じ第四学年に二人。


 侯爵家子息ロナルド様は、クーデレ秀才メガネ。取っつきにくいけど、政策について意見を戦わせたりすれば一目置かれ、手駒としてよく動いてくれるようになるわ。


 騎士団長子息オリバー様は逆に脳筋タイプ。胃袋を掴みつつ、なにか陰で努力してることを偶然目にさせればほだされてくれるわ。


 第五学年に、老舗商家の息子ピート様。コミュ強で人脈が広い。お金ではどうにもならないことに健気に取り組んでる姿を見せれば、目からウロコが落ちた気がしてお金でサポートしてくれるようになるわ。


 第三学年つまりあたしと同い年の伯爵家子息ティモシー様。芸術家肌の腹黒小悪魔系。小悪魔芝居をわかった上で乗ってあげたりいなしたりしとけば、心地よさが癖になって離れられなくなってくれるわ。


 って、違う違う! 攻略しようとしてない!

 大体これ、アナスタシアがやった手口じゃない。たぶんあたしとは一味違うからこそみんな寝返ったんだろうけど、てことはもうちょっと底の浅いことをやればあたしのハーレムになるの? そんで、今生では回避しなきゃだから、その逆っぽいことをすればいいの?


 ? ? ?


 なんか、ひねりが効きすぎて頭が煮えそう。

 そもそもオープニングですでにハーレムが完成してるから、あたしがどんな手を使ったのかゲームの中では語られないんだよね。えぇー困るぅー。運営もっと作り込めよ。さもないとクソお父様に往復ビンタよ。


 とにかく、何をしても地雷になりそうだからあいつらには近寄らない。目に留まらず、印象薄く。

 そうだ、モブ化すりゃいいのよ! そんで、手頃なモブを捕まえて画面の外で進行すればいいんだわ。

 モブでもハイスペの玉の輿候補はいるはずよ。そりゃ選りすぐりのハイスペ集団があの攻略対象たちだけど、モブでも探せば顔・カネ・身分の三拍子揃った能ある鷹が、爪を隠して空気に紛れてるかもしれないわ。


 よーし、明日からモブになる! さー寝よ寝よ。

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