第13話 デイジー、相手のことをちょっと知る
「ふ~ん、貧乏か。家行ってみていい?」
「え?いいですけど…」
デイジーはルーファスの家に行ってみることにした。単純に興味がわいたのだ。
というわけで、デイジーたちはルーファスの家の前にいた。
ルーファスの家は街の郊外にある孤児院だった。
「え~と、こちらから言ってしまいますけど、ボクは孤児です」
「お気遣いどうも…」
実は知っていた。昔、経歴としては調べたことがあったのだ。
「はい。まあ、親の記憶どころか、5歳以前の記憶がない状態で発見されたんで、もしかしたら親はどこかで生きているのかもしれないんですけどね」
「え~と、記憶喪失で倒れてたとか、そういうこと?」
「そのとおりです」
それは初めて知った。
「さ、なかに入りましょう。案内しますよ」
さび付いた門を開けたらすぐだった。「あっ!ルーファス、また学校サボったの!?」
栗毛のお姉さんだった。たぶん歳は10代後半で、快活さが体中からあふれている。洗濯物を取り込んでいる途中だった。
「サボってないよ、サラ姉。アベルが迎えに来ただろ」
「いーや、あの悪ガキ王子のことだから、一緒にサボったにちがいない。どうせカフェでお茶でもしてたんだろう?ちがうかい?」
「う゛っ…」
「ほらね。あたしに嘘は通じないよ!って、あれ?そちらのお嬢さんは?」
サラはデイジーにようやく気付いたようだ。
「あ、どうも。デイジーといいます」
「あっ!噂のお師匠さま!」サラはどうやらデイジーの存在を知っているようだ。「あらあら、やだよ。お師匠さまなんていうからどんなゴツイ女魔法使いかと思っていてたら、なんだい!めちゃくちゃかわいい女の子じゃないのっ!もうっ!」
「いてぇ!」
サラはルーファスの腕をパチンとたたいた。
デイジーは知られているならなにやら挨拶しないと、と思った。
「え~と、ルーファス君にはいつもお世話になっております。本当によくできたお子さんで」
「あらあら、そうですか?まあ、たしかにルーファスはやればできる子なんですよ!ただできすぎるんですかね?ちょっと退屈みたいで、学校のほうはサボり気味でして。せっかく奨学金なんてものまでもらってるのにねえ」
「ほぅ、それはすごい」
「ええ。けど、最近はずいぶん楽しそうなんですよ。これもデイジーさんのおかげかなって思いまして。寝る前もデイジーさんのことばかり話すんですよ!」
「…寝る前も?」
聞き捨てならない。
「ええ、私のすぐ隣がルーファスの寝るときの定位置でして。どうもそうじゃないと寝つきが悪いみたいで」
「ふ~ん」
チラリとルーファスを見ると、見たことのない顔色で言葉を失って、手をバタバタさせていた。
サラをふんじばってでも止めたい気持ちとお師匠さまの前で行儀よくしたい気持ちが衝突しているようだった。
デイジーはニヤリと笑った。
「いや~、サラさん、会えてよかったです。これからもどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
デイジーとサラはニコリとほほ笑み合った。
ルーファスは肩を落とした。
デイジーの肩で事の成り行きを見守っていたクロは、内心ルーファスを哀れんだ。
「あっ!ポーちゃん!」
デイジーが見つけて名前を呼ぶと、孤児院の屋根にいたポーちゃんも気づいたようで「みゃうまうみゃうまう」となにやらしゃべりながら寄ってきてくれた。
「わぁ、あいかわらず美猫だなあ」
「デイジーさんが治してくれたんですよね。ありがとうございます。ポーちゃんはこの家みんなのアイドルなんですよ」
「わかります。アイドル性ありますよね」
クロも鼻をヒクヒクさせて興味を示している。精霊なのに。
ポーちゃんはデイジーたちの前を歩いたかと思うと、体を半身ふりかえらせて「来ないの?」と言いたげにこちらを向いた。
「どうやらポーちゃんが案内してくれるようですね。私はまだ洗濯物を取り込む仕事がありますから」
シーツや衣服やタオルが何百枚という単位で庭に釣り下がっていた。これを全部サラが一人で取り込むらしい。
「手伝いましょうか?」
理合をこっそり使えば一瞬で取り込めそうな気がした。
「いいのいいの!私、これでお給金ももらってるしね!ルーファス、お師匠さまをエスコートしてやんな」
「…言われなくてもするし。まったく、サラ姉はいつも一言以上多いんだよ」
ルーファスがすねたような口調でいう。
かわいい!
「かわいい!」声に出てた。
「えっ」
「その戸惑った子供っぽい反応もくぁいい!ルーファス君って、最初に会った時ってそんな感じだったよね~。プライベートだとそんな感じなの?」
ルーファスはかぁ~!と目に見えて赤くなって「もう!行きますよ!ポーも待ってるし!」と怒ったようにして先に進んでしまった。
「ああ、待って~」
「あはは、いってらっしゃい」
サラはにこやかに子供たちを見送った。
家のなかはすさまじかった。
でるわでるわ、大中小さまざまな子供たちが!
デイジーによじ登ってきたり、自己紹介をするのに全力の大声を出したり、すぐに興味をなくしたりといった歓迎を受けた。
孤児院はかなり大きいし、頑丈そうな作りになっているが、数十人の子供がいっせいに走るといささか心もとなく感じた。
庭にはハンモックがつるされていた。ふたりでそこに腰掛ける。
目の前には花壇があり、白い花がいっぱい咲いていた。前にルーファスがくれた花だ。
「どうですか?」とルーファス。
「ウチと真逆だなーって思った」
「あはは、そうですね。ここはとにかくうるさいです」
「うん」デイジーは聞いてみた。「ウチ来る?」
「え?」
「ウチならいっぱい部屋余ってるし、ルーファス君一人くらい増えたところでどうってことないよ」
ルーファスは少し考えた。
「正直に言ってとても魅力的な提案なんですけど、よしときます。こいつらの面倒も見なきゃなんで」
ルーファスは自分よりも小さな子供たちの一群れに目線を向けながら言った。
「ふ~ん、そっか」
「はい」
「…今日は来れてよかったよ」
デイジーは立ち上がって伸びをした。
「ほんのすこしだけルーファス君のこと知れた気がするしね」
「いや、お恥ずかしい」
「あはは、ま、あれだな、うん」
デイジーは見上げてくるルーファスを見た。あいかわらずキラキラした目をしている。
この美少年は、身近で温かなものを背負っているんだなと思った。
偉大な才能を伸ばすことで待ち受ける陰惨な未来も、賢明な頭脳のせいでぼんやりと見えているのだろう。どんなに歴史上類を見ない怪物などと称揚されようが、行きつく先は戦争の道具である。
だから、悩んでいる。
アイスクリーム屋さんになりたいと学校をサボってあがいている。
デイジーは偉大な才能をつぶすことで、このキラキラした目を守れるのではないかと夢想した。
「明日からお仕事がんばっちゃおっかな~?」
「はい!一緒にがんばりましょう!お師匠さま!」
ルーファスはうれしそうにほほ笑んだ。
デイジーは、とりあえずそれで満足だった。
「とりあえずお給料は売り上げの折半ってことでいいかな?」
「いやいやいや、もらい過ぎですよ!」
「へ~、そうなんだ~。これからもそういうの教えてね。頼りにしてるよ」
「…はい!」
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